第19話 私が負けたら、私の胸もあなたの自由にしていただいてかまいません

「も、もう一回勝負して!」


 ムキになって再戦を迫ってくる香月に対して、僕は失笑を向けてやった。


「往生際がわるいな、負け犬め」

「くっ! くっそぉ!」


 悔しさに耐えられなかったのであろう香月は、まるで少年漫画のように膝をついて、僕の方を憎しみの籠った目で睨みつけている。


「諦めて負けを認めろ、負け犬。いや、!」

「こ、こんな変態に負けるなんて!」


 さて、香月の様子からもわかるように、エアホッケーゲームは、僕の勝利で決着した。スコアは3 - 1。わりと順当にゲームは進み、僕としては危なげないゲームであった。


 勝因は、戦略の違い。として、ようにした。同じことのように思えるかもしれないが、まったく違う。


 エアホッケーは、人の立ち位置とゴールの広さ、それからマレットの大きさから考えて、点を取ることが困難なゲームだ。裏を返せば、といえる。


 したらば、点を取れるように努力するよりも、点を取らせないように尽力した方がいい。むしろ、点を取ろうと前にマレットを出せば、その分、守りが薄くなるし、悪い場合には、自殺点に繋がる。実際に、香月の奪点のうち、1点は自殺点である。


 ひたすら攻め続ける香月と、ひたすらブロックし続ける僕。その結果が、現状の構図を生んでいた。


「お願い! もう一回だけ!」

「しつこいな。明らかに僕の勝ちだろ」


 に成り下がった香月は、負けを認められないようで、何度も再戦を申し込んでくるが、そんなもの受け入れるわけがない。なぜなら、僕は念願のを手に入れたのだ。この権利、何が何でも手放すわけにはいかない。


「ふははは! 観念して、そのこじんまりしたおっぱいを差しだせい!」

「こじんまりとか言うな!」


 ぎゃあぎゃあと反発してくる香月であったが、さすがに負けを認めざるをえず、うぅと変な唸り声をあげながら胸をそっと抱いていた。


 ふふ、いくらそんな大事そうに抱えたところで、既にそのおっぱいは僕のものだ。どうやって揉みしだいてやろうかと考えるだけで涎が出るぜ。


 僕がごくりと生唾を飲み、香月がびくりと震えたところで、


「あの」


 とある声が、割り込んでいた。


「何だよ。白殿。これは正々堂々と勝負した結果だからな。君が口を挟む道理はないぜ」

「えぇ、まぁ、いろいろと言いたいことはありますが、全体的には杏の自業自得ですね。それは理解しています」

「零ぃ~」


 泣きつく香月を宥めてから、白殿は続けた。


「ですが、友人がセクハラされるのを黙ってみているわけにもいきません。ここは、一つ、私と勝負をしませんか?」

「白殿と?」


 香月の再戦が無理ならば、白殿が再戦するということか。しかし、誰であれ、一度再戦を許してしまえば、際限なく再戦の申し込みを受ける。そのまま有耶無耶にされる恐れさえあるのだから、当然受け入れられない。


「私が負けたら、私の胸もあなたの自由にしていただいてかまいません」

「何だと!?」


 どきりと、心の臓が跳ねるのを感じた。

 白殿が、自分のおっぱいをベットした? あの頭の固い白殿が? 友人のための義憤か、自己犠牲か。どちらにしろ、これはまたとない好機!

 

 身長、体形、それからおっぱいの大きさを見たときに、はっきりいって、白殿のおっぱいの方が好みなのである。


 そのおっぱいが、今、テーブルの上にベットされた!


「いいだろう。受けて立とうじゃないか」


 もはや断る理由がない。

 白殿にもエアホッケーゲームで勝ち、そして、二人のおっぱいを手に入れてしまおう。今日は何ていい日なんだ!


 僕が上機嫌でいると、白殿はエアホッケー台の反対側に回り込んだ。


「笑っていられるのも今の内ですよ」

「へ、君の方こそ、約束は守れよ」

「私は約束を破ったことなどありません」

「……一回勝負だからな」

「わかっています」


 いつもの白殿の天然を受け流してから、僕はコインを投じて、エアホッケーゲームを起動させる。電光掲示板には0-0の表示。空気が台の上に噴き出して、パックがスッと滑り始める。


「零、大丈夫? エアホッケーやったことあるの?」

「えぇ、嗜む程度には」


 心配そうに尋ねる香月に対して、白殿は、さらりと答える。以前、そう言って将棋に負けたことを忘れたのだろうか。どうせ、また過信に違いない。


 間違いなく、おっぱいは頂いた。

 

 僕が脳内で揉み方を研究し始めたところ、白殿はスッと腰を落とした。マレットをかるく握り込み、前に突き出し、台の上をその鋭い眼光で睨めつける。


「むしろ、あなた方がで得意だと言っていたことが不思議でなりません」

「「え?」」


 その動作は一瞬であった。


 白殿は、目の前のパックを少し弾いた後、すぐさま、マレットで追撃をかけ、弾き飛ばす。

 壁打ちなどという小細工はない。

 

 速攻、


 不意を突かれた僕は微動だにできない。

 マレットとパックの接触音とほぼ同時に、ゴールの決まる効果音が高鳴った。

 ゲーム台も遅れて気づいたかのように、電光掲示板の数字をインクリメントさせる。


 1-0


 白殿は、特に何でもないように、髪を一度後ろに払った。


「はっきり言いましょう」


 キリッと音が鳴るかのように優雅に、白殿はキメ顔を僕の方に向けて、そして言った。


「私が負けることなどありえません」

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