第17話 うっ、そうきたか。本当にくずだな
「ケチ!」
香月が、ぶぅと頬を膨らませた。
「いいじゃん。どうせ暇なんでしょ」
どうせ、って。
「まず暇じゃない。僕はいろいろ忙しい。そして、仮に暇だったとしても、君に
「うわっ、聞いていた通り、すっごい性格わるいね、こいつ」
隣に目を向ける香月に対して、白殿が、フッと愉快そうに笑った。
「でしょ」
白殿零。この女、もしかして、この瞬間のためだけに香月を僕の家に連れてきたんじゃないだろうな。
「僕は、確かに短時間で学内順位を上げたし、そこそこ効率よく勉強できていると思う。けれども、独学であることに違いない。たまたま僕に合っていただけの可能性もある」
「それでいいって。ねぇ、教えて」
「まぁ、聞け。どう勉強したらいいか、という議論は、何も最近始まったわけじゃないんだ。僕みたいな素人ではなく、もっとまじめに研究している人たちがいる。彼らに勉強を教わった方がいい」
「?」
僕は、一拍おいてから述べた。
「塾だ」
「「……」」
え? この静寂は何?
「あなたにしては、ずいぶん普通なことを言いますね」
「いや、僕を何だと思っているんだよ」
別に奇抜なことを言おうと努めているわけではない。僕の考えだす最善策が、白殿の常識から外れていることが多いだけだ。
ていうか、せっかく考えてあげたのに、何この言われよう。もう帰ってくれないかな。
「いいか、点数をあげたいのならば、塾は効果的だ。彼らは、点数を取るためのノウハウを研究し、開発していて、それを生徒に売ることで金を得ている。彼ら、塾講師のノウハウを学ぶことは点数をあげることの近道の一つといえる」
まぁ、人気稼ぎに特化したピエロのような塾講師の方が多い気もするが、的確な助言をくれる塾講師も少なからずいるはず。
義理もないのに、こんな丁寧に説明してあげるなんて、僕はなんていい奴なのだろうと思っていたのだけれども、そんな最中、香月は、バツが悪そうに頭をかいていた。
「塾は、ちょっと……」
ん?
「もしかして、お金の問題か?」
確かに塾に通うには、お金がかかる。それを理由に塾を敬遠する家庭も多い。しかし、香月は首を横に振った。
「むしろ親は塾に通えってうるさくて」
「じゃ、何で?」
香月は、髪の毛先をいじって、しばらく言い淀んでから、やっと口を開いた。
「めんどくさい」
「……はぁ?」
今、こいつ何て言った?
「だから、塾とかめんどくさい。うちは、部活で忙しいし、塾とか行っている時間はない」
「いやいや、順位をあげたいんだろ? 点数をあげたいんだろ? だったら少しは時間を割かないと無理だぞ」
「だーかーら、それが嫌だから、堂環くんに勉強を教わりにきているんでしょ」
「?」
「?」
何を言っているのかわからなかったが、香月の説明を要約すると次のようになる。
「つまり、テストの点が低く過ぎて、親から塾に通わされそうなんだけど、部活に費やせる時間を削るのは嫌だから、次のテストで高得点を出して汚名返上したいと、そういうわけか」
「そう、それ」
「だからって急に点数が上がるわけもなく、悩んでいたところに、白殿から僕の話を聞いて、手っ取り早く点数をあげる方法を僕に聞きに来たと、そういうわけか」
「さすが、わかってんじゃん」
そこまで話して、ついに今回の趣旨を完全に理解したわけだが、だからというか、ゆえにというか、僕は言葉を吟味した上で、
「うるせぇ。帰れ」
端的に彼女への感想を述べた。
「えー」
「えー、じゃねぇよ」
なぜか香月が不満の声をあげるので、仕方なく、僕は言葉を継いだ。
「そんな都合のいい話があるか。点数をあげたければ、少なくとも勉強に割く時間を増やさなくちゃならない。その結果として、部活動にかける時間が減るのも止む無しだろ」
「いや、そんな正論が聞きたいんじゃなくてさ、うちはもっと裏技的なものを欲しているわけよ。堂環くん」
裏技って。
勉強にそんなもんあるわけないだろ。
「はぁ。もういいから帰れよ。君達の悩みにこれ以上付き合う義理はないんだ。そもそも僕に何のメリットもないだろ」
おっぱい揉ませてくれるんなら別だけど。
とか言うと怒られそうなので言わない。
「メリットねぇ」
そこで、香月は、ふむ、と顎を引く。
「じゃ、勝負しよう」
「勝負?」
いったい何が、じゃ、なのか、さっぱりわからないが、香月はにやりと笑みを見せる。
「うちが勝ったら、堂環くんは、うちに勉強を教える。これでどう?」
「どう? って言われても」
どうして、こう体育会系はすぐに勝負したがるのだろうか。僕が思うに、彼らは0と1の二進法でしか物事を判断できないのでは。奴ら、二進法なんて知らないだろうけど。
「零とは勝負したって聞いたよ。それなら、うちとも勝負してよ」
「そのときに懲りたんだよ。勝っても何のメリットもない勝負はしないって」
私は負けてませんけど、と呟く白殿は無視する。
「堂環くんにもメリットがあればいいんじゃん。あと、うちは、勝負での約束を破ったりしないから安心して」
「ふーん、どうだか」
まぁ、体育会系は、勝負ごとに関して、正々堂々に徹する傾向があるのだが。
「じゃ、おっぱい揉ませてくれ、って言ったら、揉ませてくれるのか?」
「うっ、そうきたか。本当にくずだな」
香月は、肩を抱いて、蔑むように顔を顰めたが、しばらくして、うんと頷いた。
「ノーリスクで得られるものなんてない。勝負をする以上、負けたときのリスクがあるのなんて当たり前! いいよ! その条件でやろうじゃないの!」
「マジで!? やった!」
何かよくわからないけれども、おっぱいが揉める!
「ふん! 喜ぶのはうちに勝ってからにしてよね!」
見栄を切る香月の目はギラギラと燃えていた。そこには、勝負師の熱い魂が刻まれているようだった。
しかし、僕だって勝ちたい気持ちは一緒だ。話の流れは意味不明だが、せっかく得られた千載一遇のチャンスである。こればっかりは、ものにするしかない。
メラメラと音を立てる僕達の闘志の外で、なんだか仲間外れのような位置にちょこんと座っていた白殿は、そのよく通る声に呆れを染み込ませた上で、さらりと述べた。
「で、勝負内容はどうするのですか?」
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