第16話 堂環くんに勉強を教わるのがベストなわけよ

「勉強?」


 僕が繰り返すと、香月は、こくりと頷いた。いや、頷かれても意味がわからない。とりあえず、僕は、必要なことを聞くことにした。


「誰が?」

「堂環くんが」

「誰に?」

「うちに」

「何を?」

「だから、勉強を」

「どこで?」

「どこでもいいけれど、ここはちょっと遠いんだよね。学校近くのカフェとかがいいな」


 いや、僕、学校通ってないんだけど。

 

「何で?」

「え? だって頭いいんでしょ? 零が前に言っていたよ。自分よりも頭がいいって自慢してくるのがむかつくって」


 白殿の方を見やると、彼女はスッと顔を背けた。こいつ、友達にそんなこと愚痴っていたのか。愚痴っている白殿の様子があんまり想像できないんだけど。


 ていうか。


「それって理由になってないんだけど。僕が頭がよかったら、どうして君に勉強を教えなくちゃいけなくなるんだ?」

「お。賢子かしこを否定しないなんて、聞いていた通り、相当なナルだな」


 あの青髪娘め、いったいどんな話を?


「僕じゃなくてもいいだろ、って話だ。手っ取り早くいえば、そこにいる君の友人に頼めばいいだろ」


 白殿の方を顎で示すと、白殿は、なぜか、ムッとしたような顔を見せた。


「私は何度もそう言いました。こんな人に頼るくらいならば、私が教えると」

「いやいや、零はないでしょ。こいつ、確かに頭いいけど、教えるのド下手じゃん」


 あー、それはそうかもな。


「すごい厳しいし、すぐに怒るし、説教してくるし、覚えなさいしか言わないし」


 あー、目に浮かぶわー。


「何かおかしなところがありますか?」

「あるよ。うちはバカなんだから、もっと丁寧に優しく教えてくれないと」

「杏は優しくすると、すぐに怠けるでしょ。疲れた、とか、ゲームしたい、とか、ちょっと走ってくる、とか言って休憩ばっかりしますし」

「だって、気分転換も必要じゃん」

「杏の場合は、気分転換の時間が多過ぎます。そんなにころころと気分を変えないと勉強できませんか? いえ、できます」

「ほら、よく言うじゃん。女心とシャイニングスターって」

「そんな頭のわるいことを言う人とは関係を断ちなさい。正しくは、女心と秋の空です。ちなみに、秋の空のように女心は移ろいやすいという意味です」

「ふーん。だったら、女心は変わりやすい、でよくない? 秋の空とか、ぴんとこないし」

「シャイニングスターこそ意味不明でしょ」

「ははは、いえてる。女心とか、どっちかっていうとダークナイトだよね」

「杏はいつでも晴れやかに見えますけどね」

「今は超ブルーだよ。レイニーブルーだよー」

「ですから、常日頃から、ちゃんと授業を受けて、宿題をしておけば、こんなことにはならないんです」

「あー、あー、聞こえなーい」


 ……。

 え?

 僕、今、何を見せられているの?


 人の部屋だというのに、やけにリラックスしている女子2人は、おそらくいつものやりとりを僕の眼前で繰り広げている。仲がいいというのは本当らしい。ただ、そういう団欒だんらんは、自分の家でやっていただきたいのだが。


「で、何で、僕なんだ? まだ理由を聞いていないんだけど」


 僕が尋ねると、じゃれていた2人は、ふいとこちらを見遣る。


「え? だから、堂環くんが頭いいからだけど?」


 話が進まねぇな。


「それは理由になっていない。あと先に言ってしまうと、白殿が教え下手なのはわかったけど、それも理由になってないから。他の奴に教えてもらえ」

「うわっ、超ソルトじゃん」


 このやり取りに付き合ってあげているだけでも、かなりシュガーだと思うんだけど。この返しでいいのかわかりかねるけど。


 僕ができるだけ嫌そうな顔をすると、香月は、えーっと、と顎に指を置いた。


「堂環くんて、200番台だったのに、二桁台まで順位をあげたんでしょ。それもたった二か月かそこらで。それってさ、つまり、勉強の仕方がうまいってことじゃん」

「まぁ」

「私が思うにね、勉強を教わるならば、ではなくて、だと思うのよ」


 この女、バカかと思えば、そうでもないらしい。 昨今では、体育会系といえども、根性論での練習は少なくなったと聞く。逆に増加傾向にあるのが、効率重視の。香月は、どちらかというと、そちららしい。


「そう考えると、私の知るかぎり、堂環くんに勉強を教わるのがベストなわけよ」

「なるほど」


 そこまで聞けば、理に適っている。少なくとも白殿よりも、僕の方が、効率のいい勉強の仕方を知っているだろう。香月も、僕に目をつけるあたり、なかなか見どころがある。


 というわけで、筋の通った理由を聞いたところで、やっと、と僕は香月に告げた。


「嫌だ」

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