第12話 あ、どうぞ、おかまいなく

 教室の中に静寂が訪れ、クラスメイトの視線が、僕に注がれる。


「堂環!?」

「堂環くん!?」

 

 井尻先生と白殿の驚いた声だけが反応した。


「先生、僕の席どこですか?」


 何だろう、こう、驚きに対するリアクションが面倒くさくて強引に話を進めてしまった。井尻先生は、まだ混乱しているようで、おずおずと僕に席を教えてくれた。窓際の一番後ろ。不登校児の席として、もしかしたら固定なのかもしれない。


 好奇の視線を無視して、僕は自分の席へと向かい、腰を下ろした。


「あ、どうぞ、おかまいなく」


 僕は視線を払って、白殿の方へと話を向けさせた。


 流れの悪い話をきって、仕切り直す機会をあげたつもりだったのだけれども、当の白殿は、ものすごく嫌そうな顔をこちらに向けていた。


 え? 何で? 


 けっこうグッジョブだったと思ったんだけど。お気に召しませんでしたか、はい、そうですか。


「で、白殿さんは、クラス代表辞めるの?」


 イラっとしたので、強引に話を戻す。

 すると、白殿は、キッと僕の方を一度睨みつけ、それから、井尻先生の方を見て、はっきりと告げた。


「はい、辞めます」

「いや、だから、そんな無責任なことを……」

「私の責任とは何ですか?」


 井尻先生の発する無責任というパワーワードに、白殿は切り返す。


「私が立候補してクラス代表になったのならば、責任という話も理解できます。しかし、クラス代表になったとき、他に立候補者がいなかったから、井尻先生に強引に任じられました。この場合の私の責任とは何でしょうか?」

「それは……、一度引き受けたからには、全うする責任がだな」

「教師に内申点をちらつかされて、頼まれれば、生徒は普通断れないでしょ。これはいわゆるパワハラというものではないでしょうか?」


 それは、ちょっと違う気もするけど、まぁ、白殿にしては、いい攻撃じゃなかろうか。

 実際、井尻先生には効いているようだ。


「いや、俺は白殿が適任だと思ってだな」

「えぇ、確かに私は性格的に、クラス代表を頼まれれば断れません。そういう意味では適任だったでしょう」


 あ、自覚はあったんだ。


「いや、そんなつもりは……」

「それに私にも非があります。内申点を対価にされた上に、先生から威圧されたからといって、クラス代表を断ることができませんでした」

「いや、威圧はしていないと思うんだけど……」

「えぇ、わかります。加害者というのは、たいてい無自覚なものです。被害者が泣いているところをは残念ながら存在します」

「ちょっと、待ってくれ」

「いいんです。先生が無自覚な加害者であることは仕方ありません。むしろ、その年齢に至るまで誰からも教えてもらえなかった不運を嘆くべきでしょう」

「いや、だから」

「大事なのはこれからです。少しずつ、相手を傷つけているということを自覚していけばよいのです。今日をその一歩としましょう」


 先生の方に手を差し伸べる白殿は、いつものように、キリッと音を立てて、キメ顔を見せた。


 井尻先生は何か言いたそうだったが、白殿の毅然とした態度に根負けしたようだった。


「あ、はい。じゃ、いいです」


 その反応を受けて、白殿は、背筋をいっそう伸ばした。


「了承いただきありがとうございます」


 小さく拳を握る白殿を見やりながら、僕はため息をつく。

 どうやら、助力する必要はなかったようだ。


 絶好調じゃん。


 気分のよさそうな顔をする白殿は、そのままクラスの方に身体を向けた。


「では、改めてクラス代表に立候補します」


「「「え!?」」」

 

 クラスメイトもさすがにリアクションせずにはおれなかった。中でもいっそう頭を悩ませていたのは、当然ながら井尻先生であった。


「ちょっと待ってくれ、白殿。おまえ、クラス代表をやめるんじゃなかったのか?」

「はい、辞めます」

「じゃ、何でクラス代表に立候補するんだ?」

「クラス代表をやりたいからです」

「……わるいんだが、先生にもわかるように話してくれないか?」


 いやぁ、本当に絶好調だなぁ。


「これまでは、井尻先生にやらされていたことが、気に食わなかったんです。だから、クラス代表を辞めました。ですが、仕切ったり、クラスメイトの相談に乗ること自体は性に合っているので、クラス代表はやりたいです」

「そ、そうか」


 理解できているのか、いないのか、井尻先生は薄っぺらい返事を返した。わかりきったことだが、他に立候補する者などおらず、突発的に開催されたクラス代表選挙は、白殿の当選で幕を閉じた。


 で、だ。


「で、何でいるんですか?」


 ちょうどいざこざが終わったところで、白殿は僕の席の前に立ち、冷ややかな視線を向けてきた。


「見てわからないのか?」

「わからないから聞いているんですけど」


 はぁ、とため息をつき、僕は、机の上に組み立てたミニ三脚の高さを調整しながら応じた。


「これはウェブカメラだ。撮影した映像を、オンラインで自宅に送ることができる」

「いえ、わからないのは目的の方なんですが」


 え、そっちは明白では?


「授業を自宅で受けるためだ。テストでいい点をとっても、首席日数が足りないと進級できないらしくてね。だけど、学校には通いたくないから、授業を自宅で受けるということで、学校側と手を打ったわけだ」

「相変わらず、頭がおかしいですね」


 それは、こっちのセリフなんだけど。


「で、どうでしたか?」

「何が?」


 ムッとしたように口を尖らせる。


「私の立ち振る舞いです。これで、私が心を売るような軽い女ではないと証明できたでしょ」

「あぁ、そうだな」


 まったく、僕の軽口に対抗するためだけに、こんな大立ち振る舞いをするなんて、思ったよりも大物なのかもしれない。


「あっぱれだ」


 僕が褒めると、白殿は誇らしげに胸を張ってみせた。


「そうでしょうとも」


 確かにあっぱれ、ご立派だったのだけれども、白殿のドヤ顔があまりにも感に障ったので、つい僕は言葉を継いでしまった。


「まぁ、青髪はまったく似合ってないけどな」


 その直後に、右頬を引っ叩かれたのだけれども、これはさすがに僕がわるかったと反省している。

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