第11話 僕もおせっかいだよな

 ずいぶんと久しぶりな気がするな。

 

 僕は校門の前で一度立ち止まり、大きな校舎を見上げた。新しい校舎は朝日を浴びて白く輝くようで、いささか目が痛い。校舎から漏れ出でてくる生徒の声が猿のようにやかましい。


 久しぶりに袖を通す制服は、相変わらず派手で、少しタンス臭い。


「なんだか、もう帰りたくなっちゃったな」


 こうなるとわかっていたら、ちゃんとクリーニングに出しておいたのに。


 まぁ、せっかく来たんだから、と僕は気持ちを切り替えて、校舎へと足を向ける。既に朝の登校時刻は過ぎているので、辺りに生徒の姿はない。


 生徒用玄関から入って靴を脱いでから、内履きがないことに気づく。仕方がないので、来賓用の玄関に置かれているスリッパを拝借する。


「あれ、僕って、何クラスだっけ?」


 たしか白殿が言っていたような気もするが、思い出せない。あぁ、これなら調べてくればよかった。なんだかぐだぐだだな。帰ろうかな。


 とにかく帰りたい欲求に駆られてしまうのだけれど、我慢して二年校舎の方をうろうろすることにした。

 

 すると、廊下に声が響く。ざわざわと騒がしい中をつんざく、いささか震えているが、聞き覚えのある声。


「探すまでもなかったな」


 そりゃ、優等生が、急に髪を青く染めてきて、いきなりクラス代表を辞めるとなれば、騒動にもなる。実際、そうなっているようで、僕はその騒動の中心となっている教室へと足を向ける。


「ですから、クラス代表を辞退すると言っています」

「ちょっと落ち着け、白殿」


 教室の扉の前で、僕は一旦立ち止まる。


「いえ、もう決めたことです」

「だから、落ち着け。いきなりクラス代表を辞めると言われても先生も困る。とりあえず放課後に話を聞こうじゃないか」

「放課後には用事があるので、この場で了承願います」

「そんな急に。何だ? 何が不満なんだ? そんなに堂環の説得が嫌だったか?」

「えぇ、それは


 素直だなぁ。


「ただし、それとこれとは関係ありません」

「そ、そうなのか?」

「はい。まったく」

「じゃ、どうして」

「辞めたいからです」

「辞めたいって、おまえ……」


 そこで、井尻先生は、少し言葉を選ぶ。


「それは、無責任じゃないか?」

「……それは」


 白殿は、言いよどむ。


「白殿は責任感の強い子だと思っていた。俺は、そういうところを評価していたし、だからクラス代表を任せられると思った。なのに、こんな自分勝手に辞めるのは、無責任だと思うけどな」

「確かに、そう、ですけど」


 声が小さくなっていく。白殿は、意思が強いわりに討論が弱い。いや、討論に弱いというか、正論に弱い。それは、彼女の視野が狭いからだろう。正しさを信奉するあまり、簡単に正しさに屈服する。正しさなど、論理の一つのパーツに過ぎないというのに。

 

 ただ、あぁいう素直な子は嫌いじゃない。


「僕もおせっかいだよな」


 と思いつつ、教室の扉を開けた。

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