第7話 ぐまぐま

「まだ詰んでません!」


 白殿は、盤面に顔を張り付けんばかりに近寄せ、半ばやけ気味に叫んだ。


「いや、もうないと思うけど」

「そんなことありません!」


 まったく負けを認めようとしない白殿と対面して、僕はため息をつかざるを得なかった。

 

 まぁ、そこそこよい勝負であった。白殿も前言の通り、棋力はバカにできないものであったが、驚くほどではなかったといったところか。


 彼女が見栄をきったとき、実のところ、僕はびびっていた。もしかして将棋部の部長であるとか、そういう種明かしを恐れたのだ。僕も自信はあるが、さすがに高校の将棋部部長に勝てるほどの棋力はない。これは、であっただろうか、と後悔していた。


 ゆえに、序盤は守りの形。攻めるよりも守りを固めて、相手の棋力を計り、勝機を窺うつもりで穴熊を掘る。一方で、白殿は、居飛車の状態で、順当に矢倉を組む。浮き足立って攻めてくるかと思いきや、なかなか冷静な出だしだった。


 それでも、先に動いたのは、白殿であった。僕が、している最中に、飛車ひしゃ頭の歩の先を伸ばしてきたのだ。こちらはかくで受けつつ、カウンターで四間しけんを飛車でけん制した。


 闘いの火蓋が切って落とされたかと思えば、すぐさま、刺し違えた。お互いの角を交換し、両者が飛車で成り込むような展開。いかにりゅうをうまく使えるかが争点となったわけだが、そこは僕の方に分があった。


 ぐまぐま。


 穴熊とは、将棋界でもっとも固い守りである。さすれば、安心して攻められる。


 そこから、一手を争うせめぎ合いになったわけで、その結果が、わかりやすい7手詰めで、僕の勝利が確定した。


 その7手が受け入れられない白殿は、なんとか抜けがないかと盤面を睨みつけているが、さすがに7手では一本道。10手を超えていれば、抜けがあるかもしれないが、ここに抜けはない。


「中盤の攻めが、ちょっと強引だったね。ここは、一度自陣を補強すべきだったんじゃないかな」

「まだ終わってません!」


 えー。


 ここでごねるとか、この子、なんなの?

 指す前には、あんなにキリっとした顔を見せていたというのに。


「まぁ、自信があったのはわかるけどさ」

「……だって」


 やっと顔をあげた白殿の目には、いっぱいに涙が浮かべられていた。


「だって、うっ、ヨシタカお兄ちゃんよりも、うっ、強いんだもん」


 誰だよ、ヨシタカお兄ちゃん。

 

「うぅっ、帰る」

「お、おう」


 姿勢のいい白殿は、初めて背中を丸めて、とぼとぼと部屋を後にした。


「何か、わるいことしちゃったかな」


 そんなことを思わせるほど、彼女の背中には哀愁が漂っていた。


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