第5話 気持ちわるい
「何でですか!?」
説明する必要あるのかな?
もはや僕にとってはあまりにも自明なことなので、先の一言で話を終えたいのだけれども、白殿の真剣な眼差しは、冗長な説明を求めていた。
「そうだな。まず、君は勘違いしている。たしかに、告白した件は、不登校のきっかけではあるけれど、原因じゃない」
「なるほど。そういうことですか。たしかに、女子に振られた程度のことで不登校になるなんておかしいと思っていました」
うん、そういう人も実際にいるから、気を付けてね。
「では、本当の不登校の原因は何ですか?」
白殿の問に、僕は素朴に答える。
「学校に通う理由がないからだ」
「……はぁ?」
僕はこれ以上ないくらいわかりやすく答えたつもりなのだけれども、白殿は心底わからないといったふうに首を傾げる。
「学校に通う理由がない。教室に行って、席に着いて、友達と話して、授業を受けるという行為に必要性を感じない」
「……わるいのですけれど、私には、あなたの言っていることが一つも理解できません」
だろうな。
これまでの言動から察するに、白殿には僕の考えが理解できないだろう。
「そもそも、あなたに友達なんていたんですか?」
「え? そこ?」
いるいる! 多くはないけど、いるから。そこは心配しないで。
「わかりません。あなたは学生でしょ? 学生が学校に行くことに理由などいりますか?」
「いや、もうその時点で、僕には意味がわからない」
そうだ。わからないのはお互い様なのだ。
「そもそも学校に行く目的は何だ?」
「だから、学生だからです」
「それは論理がでたらめだ。君の定義だと、学生とは学校に通う者のこと。学校に通うことが目的じゃない」
ふむ、と白殿は一度、顎に手を当てる。
「月並みですが、まずは勉強をするためです。ですが、それだけではありません。友人と接して人間関係を学んだり、団体生活をおくることで協調性や一般常識を学ぶことが目的です」
「まぁ、そんなところだな。その中でも、やはり勉学こそが学生の本分だ。ということは、授業以上に効率よく家で勉強できれば、わざわざ学校に通う必要などないというわけだ」
「どういうことですか?」
つまり、と僕は告げる。
「僕は、授業を受けるよりも、家で勉強する方が効率がいいんだ。だから、学校に行く理由がない」
「何を
「いやいや、そこまで突飛な話でもないだろう。今時、教師の授業よりも塾講師の授業の方がわかりやすいなんてよくあることだし、たくさんの教材も出版されている」
「それは、そうかもしれませんが」
「さらにいえば、動画配信サイトに、わかりやすい授業動画があがっているからね。それも無料で。学校で延々と長い話が、しっかりとまとめられていて、4分の1くらいの時間で見終えることができる。しかも動画だから何度も見返せるしね」
「だから、何なんですか? そんなものは机上の空論です」
「まぁ、結果が出ていなければ、その通りだな。ところで、君、学年末の学力テストの順位はいくつだ?」
「……72位ですけど、いきなりなんですか?」
「僕は55位だ」
「……」
白殿は、驚きと憎しみを込めたような視線をこちらに向けてきた。まぁ、かなり嫌味な言い方をしたので、そう思われても仕方ないが。
彼女が一桁台を言ってくれば、話の修正が必要だったけれども、まぁ、それはないと踏んだ。少し話しただけだが、どう考えても、不器用。学校主催の期末テストならばわからないが、予備校主催の学力テストでは、上位30%に入るくらいか、と予想して、おおよそ的中したわけだ。
「結果を見れば、もはや反論もないだろ。学校に通って毎日授業を受けている君よりも、僕の方が成績がいいんだ。これで、勉強をするという目的を果たすために学校へ行くというロジックは成立しない」
「……私よりも順位が上だからって何だというんですか? 私よりも、癪ですが、私よりもあなたの方が勉強ができるのはわかりました。しかし、それは学校よりも家で勉強した方が効率がいい証明にはなりません」
私よりも、と言ったとき、白殿の表情は、苦虫を奥歯で噛みしめるかのように歪んでいたが、論理構造自体は正しい。
「中間試験は200位台だった」
「はぁ? そんなわけ……」
「調べればすぐにわかる。僕の体重や身長を調べるよりも、まずそっちを調べてこいよ」
「でも、それは勉強時間の問題で」
「いや、モチベーションの問題だな」
僕は、応じる。
「学校の勉強は、つまらなくて、要点を得ていなくて、無駄に長い。その上でいちばん嫌なのが、時間割だ」
「それが何か?」
「人が集中できるのは、やりたいことをやるときだ。数学がやりたいときに、英語の単語は覚えられない。時間割は、そういう観点で非効率的だ」
「それではバランスのいい勉強ができません」
「まぁ、それも本人の能力の内といえるだろ」
僕には合っていたというだけの話。
「勘違いしないでほしいんだが、僕は学校の教育をすべて否定しているわけじゃない。君の言う通り、バランスよく勉強できないような自己管理能力の欠如した奴は学校に行った方が効率的かもしれないが、少なくとも僕はそうでないというだけの話だ」
「何を偉そうに!」
白殿は、声を荒げた。
「ほんの少し成績がいいからといって、それをひけらかして
だから、余計なお世話だって。
それに。
「だとしたら、それこそ効率わるくないか?」
「は?」
訝しむ白殿に僕は応じる。
「まぁ、よく言うんだ。学校は勉強だけのために行くんじゃない。本当に大事なのは友人関係の構築だってね。だとしたら、時間の配分がおかしくないか? 学生生活の8割以上は授業、つまり勉学の時間だ。友人関係の構築に費やせるのは、休み時間と昼食の時間くらいで2割弱。この2割弱のために残りの8割の時間を犠牲にして、学校に通っているのだとしたら、あまりに効率がわるいと思うんだけど」
そこまで述べたところで、白殿は唖然とした顔を見せた。
「私には、あなたが何を言っているのか理解できません」
まるで悍ましいもので見るかのように、白殿は顔を引きつらせていた。
「どうすれば、そのような考え方になるんですか? そんな間違った考え方をすることが」
「異なったと言ってほしいな。そこを共有できないと、君とは話ができない」
「間違っているでしょ!」
ダン! と床を叩いてから、白殿は立ち上がった。
「気持ちわるい」
それから、顔を青くして、白殿は部屋を出て行った。足音はすぐさま駆け足になって、玄関を抜けていった。
僕は思わずため息をつく。不登校になってから、友人と会っていないわけではないのだけれど、意図しない人物と会話をするのは久しぶりだった。それも、あんな頭のおかしな奴と話すのは相当に疲れる。
いくら美人だからといって、安易に部屋に女子を招くのはやめよう。
そう決意したところで、僕はふと、大事なことを思い出した。
「おっぱい揉むの忘れた」
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