第4話 優しさって言葉、知っているか?

「何でですか!」


 え? 何か疑問に思うところあった?


「あと、君、二度と不登校の説得に行くなよ。いじめられている奴とかもだめだから。あれだ、心を病んでいる奴の傍に寄るな」


 そうしないと、いずれ誰かを自殺に追い込みかねない。


「意味がわかりません」


 白殿は首を振って応じる。人の非論理性、いわゆる心の弱さが理解できない限り、彼女に説得など一生無理だと思うのだけれども。


「はぁ、まぁ、そう簡単にいくとは思っていませんでした」


 ただ、彼女は、自らの発した言葉の通り、努力を怠ることを知らないようで、めげずに説得を試みるようだった。さかさず、彼女はスマホを取り出す。


「あなたの気持ちは理解できます。物理的に登校することは可能だけれども、心理的には難しいということなのでしょう。学校での生活、つまり、学力であったり、友人関係であったりの問題が解決されなければ、安心して登校できないと」


 冒頭から嘘くさい発言であるが、先ほどよりは真相に迫った内容である。それで、と僕は話を促す。


「あなたのことは調べさせていただきました。堂環司、16歳、11月11日生まれ、男、身長169cm、体重60kg、少しやせ気味ですね。もう少し筋肉をつけた方がいいでしょう」

「待て。君、いったい何を調べたんだ?」


 それが不登校の原因を排除するために必要だとは思えない。そもそも生徒の身長とか体重って、そんなに簡単に調べられるものなのか。だったらば、僕はクラスの女子勢のスリーサイズを調べたいのだけれども。


「昨年の10月22日」


 僕の突っ込みを無視して白殿は続ける。


「あなたが不登校になった日ですが、間違いありませんね?」

「あぁ、そのくらいだったかな。日付までは覚えていないが」

「原因は、その前日の10月21日」


 どうやら、この女、とんだぽんこつかと思えば、ちゃんと調べてきているようである。

 白殿は、一息おいてから告げる。


「教室で、クラスメイトの天戸明衣あまどめいに公開告白した、が、木端微塵に振られてしまい、そのショックで不登校になった、ということで間違いありませんね?」

「なぁ、君、優しさって言葉、知っているか?」


 知らないんだろうなぁ。

 知っていたら、人の傷心事件をつまびらかに説明して、傷口を抉るような真似できないもんなぁ。


「まぁ、間違っていないけど」

「そうですか」


 僕が渋々と応えると、白殿は、はぁ、と肩を竦めた。


「しょうもな」

「なぁ、君、気遣いって言葉、知っているか?」


 知らないんだろうなぁ。

 知っていたら、人の恥ずかしい過去を鼻で笑って、新たなトラウマを植え付けるような真似できないもんなぁ。


「はっきり言って、不登校になった理由がくだらな過ぎて、理解するのにたいへん苦労したのですけれど、まぁ、そういうもいるのだと割り切りました」

「君、僕に何か恨みでもあんのか?」


そうでなければ、人を傷つけなければ話せない病気だ。


「さて、不登校の原因がわかってしまえば、あとはその原因を取り除くだけです」

「取り除くって、何するつもりだ」

「言葉通りの意味ですけど?」


 いや、言葉通りだと怖いんですが。


「何を想像しているのかわかりませんが、教室から取り除くという意味です。まぁ、私がすることはほとんどありませんが。まず、2年に進級した時点でクラス替えがあり、天戸さんは別のクラスになっていますので安心してください」

「そう」

「それから、1年のときのあなたのクラスメイトには、かの事件について口外しないように念書を書かせます」

「念入りだな」

「えぇ、それを理由にあなたをバカにしたり、仲間外しにしたら、を私がその方に施行するという内容で印をもらいます」

「それは脅迫だな」

「当事者の天戸さんが学校にいると、登校しづらいようであれば、彼女に転校手続きをとっていただくようにをすることもできますが」

「それは犯罪だな」


 こいつ、かなりやばい。


「だいたい、そんなことしたら天戸が学校に来れなくなっちゃうんじゃないか?」

「転校といったでしょ? それに私のクラス外の方に関して、私は責任を負いませんので」


 うわぁ、典型的なの考え方だな。


「さぁ、これであなたの不登校の原因は取り除かれました。登校を拒む理由はありませんよね?」

「そうだなぁ。そろそろ君が不登校の理由になりそうなんだけど」


 こんな危険思想な奴が、クラス代表のクラスなんて行きたくない。


 当の危険思想クラス代表、白殿は、再びキリッと音を立てて、キメ顔をこちらに向けている。だから、僕は再び簡潔に応える。


「嫌だ」

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