第2話 あなたと同じクラスの代表です!

 ややスレンダー、つまり痩せ気味の彼女は、セーラー服でその揉むにはちょうどよさそうなおっぱいを覆っていた。学校帰りなのだろう、うちの学校の制服だ。やや独創的な装飾がなされていることから、女子勢には人気があるようだけれど、僕はナチュラルな学生服の方が好みである。


「ねぇ、聞いていますか?」


 少女は、不機嫌そうに眉根を寄せながら、再度尋ねてくる。その不機嫌さは問いへの返答がないことからくるものだろう。尋ねれば必ず答えてもらえると思い込んでいるようで、いやはや、何とも傲慢な奴である。おそらく、たいそう甘やかされて育てられてきたのだろう。社会に出れば苦労することだろうと呆れつつ、僕は返答する。


「いや、さっぱり聞いていなかった。そもそも君は誰だ?」

「そこから!?」


 少女は、力強く床を叩いた。


「私は白殿零しらとのれい! あなたと同じクラスの代表です!」


 いったい何をそんなに怒っているのかわかりかねるが、クラス代表、白殿は怒鳴るように名乗りをあげた。


「ふぅん。で、クラス代表さんが僕に何の用なわけ? おっぱいでも揉ませてくれるの?」

「は?」


 おっと、つい心の声を漏らしてしまった。

 白殿は、汚物を見るような視線を向けてから、盛大にため息をついた。


「それもさっき話しました。まったく、クラス代表が不登校の生徒の家に来る理由なんて一つでしょう。あなたに登校を促しに来たんです」

「あぁ、そういえばそんな話だったね」


 まぁ、たしかにわかりやすい話だが、クラス代表だからといって、わざわざ不登校児のもとに足を運び、あまつさえ部屋にまで足を踏み入れるとは、生真面目にもほどがある。

 そう思えば、たしかにくそ真面目な見た目をしている。膝をしっかりと覆うスカート丈、皺のないトップス、きれいに梳かされた黒髪、前髪は赤いヘアピンで留められており、乱れのない正座の姿勢は、まるで熟練の就活生のようだ。

 ちなみに、というのは皮肉であるが。


「それは、遥々ご苦労なことだね」

「えぇ、本当に」


 嫌味ったらしく白殿は応じるけれど、とりあえず無視しておく。


「遥々わるいけれど、僕は学校にいく気はないんだ。先生には伝えてあるんだけど」

「えぇ。井尻いじり先生からもそう聞いています」

「だったらば、これって無駄足だとは思わない?」

「いえ、むしろ、だからこそ私が派遣されたんでしょう」


 どういうことだ?


「井尻先生は、あなたの不登校を承諾しょうだくしましたが、納得はしていないということです。担当クラスに不登校児がいれば、その理由がどうであれ、担任の評価を下げますから」


 だったら、先生が来るべきだろう。どう考えても、クラス代表だかなんだか知らないが、一生徒の仕事ではない。 そういった旨を僕が告げると、白殿は素直に反応した。


「それは私も同意ですけど、あなたが、いえ、あなたなのか、あなたの親なのかは知りませんが、とにかく井尻先生に、のでしょう。だから井尻先生が直接あなたを説得しに来るというのは難しいのだと考えられます」

「まさか、それでクラス代表に不登校児の説得の任を押し付けたなんて、くそみたいな話ではないよな?」

「この話の流れから、それ以外の話が思いつくのですか?」


 クラス担任、終わってんな……。


「君が僕の家に来た理由はわかった。だったら、もう充分だろ。不登校児の家に訪れ、説得を試みた。クラス代表としての責は果たしたんじゃないか?」

「何をバカなことを言っているんですか? 私の仕事は不登校児を説得して、正常に登校させることです。その観点から鑑みれば、まだ何一つ成果をあげられていません」

「成果って、たかが生徒に成果なんて求めないだろ」


 学生の内は、いわゆる教育期間だ。その間は、成果で評価するよりも、努力を評価してあげた方がいい。社会に出れば成果の方が重要視させるのは、周知の事実であるが、その成果は努力の積み重ねであることをまず知る必要がある。教育期間は、それを知るための時間であり、努力して、失敗と成功を学べれば、それはどちらであったとしても評価に値する。


「何をあまっちょろいことを」


 発した言葉に対して、脳内で裏打ちをしていたところ、白殿の冷めた声を出した。


「成果の上がらない努力というのは、徒労とろうというんですよ。努力を評価? バカなんですか? ゆとりですか?」

「いや、同じ年だよ」


 せめてさとり世代だよ。いや、それも古い気がするけれど、今の世代って何て言うんだろう。


「だとしたら、この努力は間違いなく徒労に終わるから、早めに手を引くことをお勧めするね」

「ふん、くだらない戯言ですね。言っておきますが、私は、困難だからという理由で諦めたことなど一度もありません」


 キリッ! と音が聞こえるんじゃないかと思えるほど、白殿はキメ顔をこちらに向けていた。


「いや、これは諦めてもいいんじゃないの?」

「いえ、仕事なので」


 うわぁ。


 なんだろう。健全な身体とけがれない心を有しているはずの十代半ば女子だというのに、彼女から漂ってくるのは、どんよりとした社畜の臭い。言われたから、仕事だから、と特に疑いもせずに行動できるのだから、僕にはさっぱり理解できない。


「とにかく、私の仕事はあなたを学校に登校させ、授業を受けさせ、正常に学校生活を送らせることです」


 さて、いろいろと脱線もしたが、白殿は、自らの仕事を定義した。だから、仕方なく、僕の方も自らのスタンスを再度宣言した。


「余計なお世話だ」

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