11

 休憩が終わると剣を使った模擬戦が始まる。全員一斉に行うのではなく、二人ずつ広場の真ん中に立ち、模擬戦を進めていく。ヘルマンの出番はまだ先のようだった。


 ヘルマンを見送ってようやく気を取り直したルーテシアは騎士たちの模擬戦を見つめる。激しい剣の打ち合いは普段の生活とはかけ離れた世界で、ルーテシアは半ば放心状態で見つめていた。そしてこれからヘルマンもこの模擬戦に出てくるのかと思うと胸がドキドキして仕方がなくなる。


「あ、あの……」

「?」


 模擬戦も2戦目が終わった頃、側で女性の声がしてルーテシアは視線を向けた。そこには赤髪を顔の周りで編み込みにしている女性が立っていて、同じく赤い瞳でルーテシアを見つめている。


 ルーテシアは騎士の家族に知り合いはいないので、まさか自分が話しかけられていると思わず驚く。しかしよく見ると組手でヘルマンの相手をしていた騎士と話していた女性だ、ということを遅れて思い出した。


「あの、テラウェッジ様でいらっしゃいますか?」


 テラウェッジはヘルマンとルーテシアの家名だ。ルーテシアは頷きながら、


「はい。私はルーテシア・テラウェッジです」


 と、名乗った。


「やはりそうでしたか」


 女性はホッとした様子で笑顔を見せる。美しい見た目の女性だが、見た目よりも声は低めでしっかりとした印象だ。


「申し遅れました。私はテラウェッジ伯爵の同僚、ガリオ・スワイロスの婚約者のエクレール・スタリオンです」


 ルーテシアより大人びて見えるが、婚約者ということはきっと年下なのだろう。ルーテシアはヘルマンの同僚の名前と、目の前の女性の名前を覚えようと必死に頭に叩き込みながら、そうとは思わせないような笑顔を見せた。


「エクレール様、お会いできて光栄です」

「こちらこそ! ガリオから話はよく聞いておりまして、ご挨拶したいと思っておりました」

「ご丁寧に、ありがとうございます。主人とも後ほどまた話せると思いますので、その時に挨拶させますね」

「ありがとうございます。ですが、私はどちらかと言いますとルーテシア様とご挨拶させていただきたかったのです」

「私と、ですか?」


 そんな風に言われると思っていなかったので、驚いて聞き返す。エクレールは「ええ」と、にこやかに微笑む。


「私は初めてこういった会に参加しますので、知り合いがいなくて心細かったのです。そう言ったらガリオが年の近いルーテシア様のことを教えてくれて」

「そうでしたか」

「もしよろしければご一緒させていただいても構いませんか?」

「ええ、もちろんです」


 ルーテシアはまったく気にしていなかったが、大抵の家族は既に知り合っている家族と連れ立って会に参加している。一人きりで参加することは、浮いて見えるのだ。


「ルーテシア様とヘルマン様はとても仲がいいのですね」

「いえ、そんな……」


 そうエクレールに言われて、もしかしたらさっき頭を撫でられていたところを見られていたのではないか、と思い当たる。恥ずかしくなって身を縮めた。


 話題を逸らすためにも、せっかくだからとヘルマンの話を聞いてみることにする。


「ガリオ様からヘルマン様の話はよく聞くのですか?」

「はい、よくしていただいているようで。最近はヘルマン様が変わられてきたようだという話も聞いておりますよ」

「ヘルマン様が変わった、ですか?」


 そう笑顔で言われたが、エクレールの言う意味がよくわからないルーテシアは小首を傾げた。だが、その答えを聞く前に、


「あ、ルーテシア様! ヘルマン様の番のようですよ!」


 と、声をかけられる。見ると、ヘルマンが広場の中央にやってきたところだった。話の続きも気になるが、それよりもヘルマンの模擬戦の行方が気になって、ルーテシアはすぐに意識を広場に戻す。


 ヘルマンの模擬戦の対戦相手は金髪の男性だ。金髪の男性はヘルマンよりも一回り大きい、屈強な身体つきをしている。


(相手の方、強そうだわ。いくらヘルマン様が強いからといっても……)


 ルーテシアは手に持っているハンカチを無意識に握りしめた。


(いいえ、私だけはヘルマン様を応援しないと! 頑張って! ヘルマン様! そして、どうか怪我をしませんように!)


 まさか初対面のエクレールの前で大声を上げるわけにもいかないので、ルーテシアは心の中で大声援を送る。ヘルマンと男性は向かい合って剣を構えた。


「はじめ!」


 その声で模擬戦は幕を開ける。


(あら? 始まった、のよね?)


 ヘルマンと男性は向かい合ったままで一歩も動かない。辺りは先程までの模擬戦とは打って変わってしーんと静まり返っている。


 会話を楽しんでいた騎士の家族達もアルビリオン闘技祭で結果を残しているヘルマンの模擬戦は気になるようで、口を止めて見入っていた。ルーテシアは緊張から自分の胸を手で抑えている。


 じりじりとした時間がしばらく過ぎ、先に動いたのは金髪の男性だ。体型に似合わず機敏に動きヘルマンの上から剣を振り下ろす。剣が陽の光を反射し、キラリと光った。


(危ない!)


 ルーテシアは恐怖から目を逸したくなるが、必死にそれを堪えヘルマンを見続ける。ヘルマンも小さな動きで刃を相手の剣と合わせた。


 ギィィィン


 辺りに鈍い金属音が響き渡る。その振動とも思える音に、ルーテシアは身を震わせた。


 一気に二人の動きは激しくなる。金髪の男性が何度も何度も剣を振るい、ヘルマンがそれを受ける。一方的な展開のようにルーテシアの目には映った。


(今は防ぎきれているけれど、いずれ……!)


 ルーテシアは苦悶の表情を浮かべる。


(どうか、どうか怪我だけは──!)


 そう思った瞬間だった。金髪の男性が渾身の一発をヘルマンに振り下ろしたが、それをまた防ぐ。重い一発の反動で金髪の男性はぐらりと体勢を崩した。


 そこをヘルマンは見逃さない。素早く剣を構え直し、逆に金髪の男性に刃を向けて切り裂いた。


 金髪の男性はそのままバランスを完全に崩し、地面へと倒れ込んだ。刃の潰れた剣なので、血は出ていない。


「そこまで!」


 声がかかって、ヘルマンは一礼する。その様子は、確かに噂通りの“笑わない騎士”で、表情は1つも変わっていなかった。

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