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そうして公開訓練の日がやってきた。ルーテシアは気合いを入れて家を出る。ヘルマンの戦っている姿を見ることができる、という嬉しさもあるが、それ以外に果たしたいこともあった。
ヘルマンの所属する小隊の訓練を見ることができる、ということは、同僚と話すヘルマンを見ることができるかもしれないということだ。ヘルマンは家に友人を呼ぶようなタイプではないので、友人関係についてはまったくわからない。同僚相手にどんな顔をしているのかも未知数だ。
それを見てみれば笑ってもらえるヒントが見つかるのでは……とルーテシアは考えていた。
そんな願望も抱きつつ、ルーテシアは王城へと向かう。いつも仕事で通っている通用口とは別の出入り口から入ると、同じ王城でも別の場所のように感じる。騎士たちと、ルーテシアのような司書や侍女たちは、従業員用の食堂も含めてまったく別の場所にあるのだ。
すれ違う人たちはヘルマンと同じ騎士服を着た人たちをはじめとして、男性ばかりだ。ルーテシアは身体の大きな男性たちの間を身を小さくしながら歩く。
王城の端の開けた場所が、公開訓練の場所だ。見学する家族たちのために日よけのテントが張られていて、その側では既に騎士たちが準備運動をはじめている。
(ヘルマン様は……いたわ!)
ルーテシアはヘルマンの紫色の頭をすぐに見つけることができた。家で見るのと同じ無表情で黙々と準備運動をしている。
(身体を動かしているヘルマン様……素敵ね)
まだ本格的な訓練が始まっていない内から、ルーテシアはヘルマンに見惚れてしまう。日の光を浴びたヘルマンが、ルーテシアの目からはひときわ輝いて見えた。
定刻になり、訓練が始まる。まずは二人一組になっての剣を使わない組手からだ。
(よくわからないけれど、すごいわ!)
ヘルマンがペアを組んでいるのは、ミルクティ色の長い髪の毛を三つ編みでまとめた気弱な男性、ガリオだった。
(ヘルマン様の相手が見るからに弱そうっていうのもあるけれど、負ける気がしないわ。体型も引き締まっているし、身のこなしがすごい気がする!)
ルーテシアはそんな失礼なことを思いながら、じっとヘルマンだけを見つめている。ルーテシアはアルビリオン闘技祭も見に行ったことがないので、こうして騎士が戦っているところを目の前で見るのは初めてだ。しかしヘルマンはやはり強いのではないかと、贔屓目に見てそう思っていた。
(あら、そういえば、あの方……)
しばらくヘルマンだけを見ていたが、改めて相手をしているガリオに目を向ける。
(どこかで見たことがある気がするわ。結婚式の時かしら?)
結婚式では参列者全員と挨拶をしているので、一人一人をはっきりと覚えているわけではない。だが男性にしては長く美しい髪の毛は、やはり見覚えがある。
(名前は忘れてしまったけれど、ぜひお話したいわ。ヘルマン様が笑ってくださるヒントが見つかるかもしれないもの!)
ルーテシアはそう思い、一人でにんまりと笑顔を浮かべた。
組手が終わると、一旦休憩に入る。騎士達がどこかそわそわしながら次々に家族のいるテントにやってきた。照れくさそうに若い女性の前に立ったガリオを見ながらルーテシアは幸せな気持ちになる。
(奥様かしら。好き合っているのが伝わってくるわ。素敵ね)
自然と微笑みながらその様子を見ていたルーテシアの目の前にふっと影が差した。
「ルーテシアさん」
「ヘルマン、さま」
ヘルマンは何となくテントには来ないのではないかと思っていたので、いい意味で予想が裏切られてドキリとする。先程まで少し離れたところから素敵だと思って見ていた人が、自分のところに来てくれたのかと思うと、胸がきゅーっとなった。
「退屈ではありませんか?」
「いいえ! とっても楽しいです」
胸をドキドキとさせながらルーテシアはそう答える。顔の熱さは、外にいるせいだと思ってもらえたらいいけれど、と思う。
「訓練と聞いていたので剣を使ったものばかりかと思っておりました。組手などもなさるのですね」
「ええ、いつでも剣を振るえる状況にあるとは限りませんから。ただ、この後は剣を使った模擬戦を行いますよ」
「まあ、模擬戦、ですか」
ルーテシアはヘルマンの腰についた剣をちらりと見る。
「そちらの剣で?」
「はい、刃を潰した訓練用の剣です」
「そうですか……」
納得したように頷くも、ルーテシアの表情は曇った。そのままヘルマンを見上げる。
「どうか怪我にはお気をつけくださいね」
「……ええ。ですが、訓練には怪我がつきものですから」
「それでも」
ルーテシアは強めに言葉を発し、
「どうか、お気をつけください」
と、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「…………」
ヘルマンはじっとルーテシアの瞳を見つめる。その時、教官と思しき人物から訓練再開の声がかかった。
「……ありがとうございます」
注意しないと聞き取れないくらいの声でヘルマンがそう言い、ルーテシアははっと息を飲む。そして去り際にヘルマンが一度ルーテシアの頭を軽く撫でた。
それは一瞬のことで、ルーテシアの顔が真っ赤に染まる直前にヘルマンは背を向け、広場へと戻っていく。ここでは叫び出すわけにもいかないので、ルーテシアは胸に手を当てて必死に鼓動を抑えながら、恥ずかしさに潤んだ瞳でヘルマンの背中を見つめている。
そんな二人を、周囲の騎士や家族たちが唖然とした様子で見ていたのを、当の二人はまったく気がついていなかった。
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