Introduction

私達の声を聴け

 私は怠惰で無気力な人間である。


 それは今も、当時もあまり変わらないと思う。

 自分では多少なり成長したと考えているのだが、学生の頃の友人と話すと、決まってお前は変わらないと言われるのだ。


 とにかく、高校生の頃の私は、今に輪にかけて無気力だった。

 熱意をもって臨むものといえば、女の尻を追いかけている時か、趣味の絵に没頭している時位で、高校生活最後の花形となる文化祭でも、それは同じだった。


 祭りの準備のため、皆が必死になって買い出しや協議を重ねている間、私は一部の友人たちと学校を抜け出し、路地裏でタバコを吸っていた。


 学校近くのラーメン屋で腹を満たした後によく向かった、カラオケ店と模型屋の間の場所だったはずだ。


 今過去に戻れるなら、そのタバコのせいで後々離婚の危機に至るぞと忠告してやりたい。

 もっとも、当時の私であれば曖昧な返事をしながら聞き流すだろう。

 私はそういうやつだったし、今でもそこは全く変わっていない。


 その時一緒になってサボっていた友人は二人だ。

 イケメンだが女にだらしなく、一部の女子に蛇蝎のごとく嫌われていたタカフミ君。

 筋肉質でゴロリとした体形と、それに似合った大きな態度で、女子どころか男子にも陰口を叩かれていたカイドウ君。


 おそらく、私も誰かに嫌われていただろう。

 とりあえず、熱い心で文化祭に望んでいる者には、冷めた眼で見られていた。


 そんな嫌われ者達で、ダラダラと他愛もない話をしていた時、タカフミ君がビリヤードでもしたいと言い始めた。

 カイドウ君もそれに賛同して、某全国的なアミューズメント施設に行こうかと言っていたハズだ。


 だが私は、どうせ行くなら押し入れにしまっているキューを持っていきたかった。

 それと同時に、それを取りに家に帰るのも面倒であったため、その提案を断ったのだ。


 二人はもう気分が乗っていたのか、割としつこく誘ってきたのだが、とにかく面倒なものは面倒だったので、雑にそれを流し、二人で行ってくるのを勧めた。


 二人は渋々と言った感じで了承し、三本目だか四本目だかのタバコを吸い終わると、私に別れを告げ、繁華街の方へと歩いて行ったのだった。


 私がその日の前半について覚えているのはこの位である。

 普段なら記憶の隅に眠り続ける日常。


 それをある程度とはいえ覚えているのは、私の記憶力が良いからではない。

 その日は、私の人生を変える、あるモノと出会った日であったからだ。


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 二人と別れた私は、帰路についていた。


 帰り道は誘惑が多い。


 例えば、漫画の新刊の発売日であるのを思い出したりだとか、小腹が空いたときに限って、格安のハンバーガー店が目の前にあったりだとか、年齢確認に厳しくないコンビニだとか。


 せっかくだし、今日は別の道で帰ろうという、湧き上がる冒険心もその一つだ。

 普通なら知らない店だとか、ちょっとした美しい風景を見つける程度の冒険だろう。

 

 だが私、いや私たちの場合は違う。

 下手をすれば命を落としかねない、とてつもない冒険だ。

 

 何故なら私は、致命的な方向音痴だからだ。

 何度か本気で迷い、生命の危機を感じた事がある。


 なにせ私の地元は、『試される大地』だとか、『日常に熊がいる』等と揶揄される日本最北の場所である。

 いくらそこの中央都市とはいえ、冬の猛吹雪の中迷ったら、本当に死にかねない。(その日は秋であったため、さすがにそこまでの事は無いが)


 何故方向音痴の癖にそんなことをするのかと問われても、私はきっと答えられない。


 自分でもよく分かっていないのだから。


 ただ、恐らく当時の私は、きっと、退屈していのだと思う。

 友人の誘いを断っておいて何をという話だが、もっと大きな意味で。


 いつも寝てしまう授業も、途中で投げ出してしまった部活も。

 物心ついた時から始めて、一向に上手くなっていない絵も。

 そして何より、そんな怠惰な自分の根幹に、退屈していたのだと。


 帰り道を変えるという冒険で、自分の何かが変わってくれるのでないか。

 きっと、そんな怠けた希望が、私に行動を促していたのだ。


 そしてその日も案の定道に迷い、途方にくれた。


 馬鹿丸出しであるが、切り替えは早い方である。

 私は携帯電話(当時所持していた物は、今でいうガラケーだった)で地図を調べるという、色々と台無しな、もっと早くやれと言ってやりたい行動に移った。


 だが今までの行いが悪かったのか、黒いコンパクトな私の携帯電話はうんともすんとも言わない。

 というか、画面を見せてすらくれなかった。

 

 つまり、バッテリー切れである。

 頭を抱えるという表現があるが、例えでなく、両手でしっかりと頭を抱えたのは、後にも先にもこの時だけだ。


 もう時刻は六時を周り、辺りは暗く、遠くの空が紫がかって見えた。

 カラスも鳴くのをやめ、巣に帰るため、菫色の雲に黒い斑点を作っていたのが印象に残っている。


 先述した通り、私は切り替えが早い方である。

 恋人に別れを告げられた時と同じくらいの早さで切り替え、とりあえず、近くの店で道を聞くことにした。


 目に入った店は、最近ではあまり見かけない木造の店舗。

 全体的に古臭い印象で、達筆過ぎて読めない看板が無ければ民家に見えなくもない。


 中に入り、店員を探す。

 裸電球がいくつかぶらさがる店内は薄暗く、コンビニの明るく白い光に慣れた私にとって、そこは異世界にも見えた。

 

 独特の、古い紙の臭い。

 そこはどうやら書店の様で、狭い店内に、人がすれ違えない位の間隔で本棚が並べられている。

 

 奇妙なのは、殆どの本に背表紙が無い事。

 そもそも本と呼んでよいのか分からないような、紙片や巻物まで詰め込まれている。


 また、いわゆる平積みもされていない。

 本屋事情に詳しくない当時の私でも、奇妙な感覚に陥った。


 それと、その時一番に気になったのは、紙の臭いの他に、独特の動物臭がしたことだ。

 祖父母が酪農を営んでいた私にとって、特別不快ではない臭いであったが、明らかに書店には相応しくない臭い。


 狭い店内をグルリと一周するも、店員の姿はなく、紙束が積まれたカウンターの先に声を掛けてみるも、応答はなかった。

 仕方なく、別の店を探そうとしたとき、私の目に一枚の紙が目に入った。


 それは変わった材質で出来ていて、表面には小さな窪みがいくつかあり、普通の紙よりもずっと厚く、黄色がかっている。

 当時は分からなかったが、それはなんらかのパーチメント(羊皮紙など、獣の皮を使った記録媒体)で、豚皮によく似たものであった。


 現代ではほぼ見かけないそれには、これまた見たことのない文字が羅列してあった。


 当時も今も、私はパソコンでゲームをやるのが趣味である。

 日本では家庭用ゲーム機が主流のため、どうしてもやるのは海外製のゲームが多い。

 その関係上、言葉の意味は分からなくても、大体のメジャーな文字は、見れば何語かくらいわかったが、その文章は全く見たことのないものだ。


 地方の文字か、古代の文字か、もしくは妄想激しい誰かが書いたオリジナルの文字か。

 なんとなしにそれを眺めていた私であったが、自然と、喉が震え、舌が動いた。


 

「燃え盛る獣。闇深き森にて。」


 

 衝撃が走った。


 数瞬を置いて、総毛立つ。

 今のは、なんだ?

 自分は、一体何を口走ったのか。


 その時の私は、訳も分からぬ恐怖を感じていた。

 何故自然と声を出したのか。

 否、これをのか。

 そもそも何故、これ程の恐怖を感じているのか。


 私はどちらかと言うと、恐れを感じ辛い。


 ホラーゲームだろうと敵に突っ込んで行ってしまうし、祖父母の住む山の中でヒグマに出くわした時も、冷静に対処して難を逃れた経験もある。


 一面真っ白な吹雪の世界でも、芯から凍らせる冷気や手足を襲う痛みや知覚の喪失には大変な苦しみを味わったが、恐怖だけは無かったと断言できる。


 そのわたし私が、何故?


 わからないという恐怖に怯え、無様に荒い息を吐いた。

 足は震え、手は痺れ、汗は全身を濡らす。

 セットした髪は崩れていたが、それを直す余裕すらない。


 唾を呑み込み、何度も何度も瞬き、耳には心臓の音しか入ってこない。

 そうして、二行目に目をやってしまったその時、


 いつの間にか、カウンターの先に。

 赤い髪と、黄金色の眼をした人物が立っていた。


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