第4話
どんよりと垂れ込めた層積雲から霧雨がぱらつく中、私とイリーナさんの乗った「ゲロ1型」と称する改造された戦闘爆撃型スホーイ7はゆっくりと格納庫へ戻っていった。
格納庫で機体から降りると、そこにはこの計画の中心メンバーであるゲロノフスキー博士とウンドンスキー中尉が立っていた。
「同志ヴァシリエフ少尉、マッハ20という地球大気中における超高速はどうだったかね?」と博士は早速語りかけてきた。
「博士、このような超高速で精密な爆撃を行うなら、コンピュータ制御による自動爆撃を行うべきではありませんか?」と私は尋ねてみた。
「君は、我が国の現状を理解していない」博士はそう言うと、さらに続けた。
「我が国はかつてソヴィエト連邦の一部であった。我が国の科学はソヴィエト連邦の科学のノウハウを受け継いで発展させただけだ。だから音速の二十倍で飛行する爆撃機は作れても、現在の最先端の水準の高度なコンピュータは作れない。ロシア連邦と我々の関係も実は微妙なものだ。だから一般市民が民間用の輸入されたパソコンやスマートフォンでインターネットに接続することはできるが、軍事用に高度なコンピュータを輸入することは出来ないし、我が国で独自に開発する力もない」
「え?それは本当ですか?何か矛盾を含んでいて素直に信じられません」と私は思わず答えた。
「まあ、君は細かいことは気にしなくて良い。君の正確な爆撃技術は現在のどんなコンピュータより優れていると聞いている」
「ちょっと待ってください。私は実戦で爆撃を行ったことは一度もありませんよ」
「それは知っておる。だが君は空軍での兵役生活で、鼻をかんだ後の紙を極めて正確にゴミ箱に投げ入れたと報告を受けた」
あまりに馬鹿げた話だったので、要するに計画の真意を私のような末端の使い捨て兵員に説明する気がないのはわかった。
「ちなみに…」と博士は続けた。
「イリーナ君が操縦士に選ばれたのもちゃんと理由がある。ある時、空軍の兵舎で、紙飛行機を最も遠くへ飛ばせるのは誰かという余興が行われた。多くの空軍兵士がいかに揚力を得るか?という発想で奇妙に幅の広い紙飛行機を作った。それらの紙飛行機は確かにふわふわと長時間飛んだが、結局空中を旋回したり風に流されて横に飛んだりして遠くまでは飛ばなかった。イリーナ君の作った紙飛行機は通常の紙飛行機をさらに内側にもう一回折った槍のような形状をしていた。彼女が投げたその紙飛行機は槍投げの選手が投げた槍のようの真っ直ぐ突き進み、結果的に投げた地点からの直線距離で最も遠くまで飛んでいき、反対側の壁に突き刺さった。私は彼女こそこの高速爆撃計画のパイロットに相応しいと思ったのだよ」
ますますこの計画が出鱈目で適当なものであるという印象は深まった。脇に立っていたイリーナさんは顔を赤らめてうつむいてしまった。
しかし博士はなおも話を続けた。
「私が開発した強力なウィルスは、感染者に強烈な効果をもたらすだろう。ポンニチ帝国の首都オーサカ、その精神的中心地であるファシズム政党イーシンの本部を中心として感染を広げれば、ポンニチ帝国は崩壊する可能性が高い。全ては君らにかかっているのだ」
国家の上層部で得体の知れない計画が進んでいることはわかったし、私にできることはただ命令に従うことでしかなかった。
極東人民共和国空軍の落ちこぼれ @Reuter
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