第2話 雀と女の子

 おや、担当者様‼

ええ、先日ぶりでございますね。薔薇も元気でございますか? ……それはよかった‼

あの家があった場所にはあれからすぐに入居者様が入られまして。猫を連れたご隠居様でございます。ご高齢で、徳を多く積まれた方でしたのですぐに生まれ変わりの権利が与えられたのでございますが、断られておりました。なんでも奥方様をこちらで待って、一緒に生まれ変わりたいのだとか。良いことでございますねぇ。余程仲の良いご夫婦であったのでございましょう。

 ……ああすみません、話が逸れてしまいました。今回の空き家調査でございますね。ええ、ええ。存じ上げておりますとも。

ささ、こちらでございます。今回の家は森の中にございまして。お伝えした通り、歩きやすい履物を召されて来られましたか? ……完璧でございますね‼

 では、行きましょう。途中少し道が凸凹としておりますので、お気をつけくださいませ。


 はい、家にはもうすぐ着きますよ。入居者様のご希望で、森の奥に家を創ったのでございます。

 この家には長いこと女の子が入居されておりまして。ええ、女の子です。それも、小学校に入る前の。連れていたのは雀でございました。

わたくし、彼女の経歴を見て思わず涙がこぼれてしまいましたのを覚えております。

元々ご両親に、その、あまり、愛されなかった子でいらっしゃったらしく。寒い冬の夜に寝間着姿で外に出され、そのまま……。

そんな彼女にいつも寄り添っていたのが近所に住み着いていたらしい雀であったのでございます。雀は震える女の子のそばにずっといたそうで。そして一緒にこちらに来られたのです。

 彼女の望んだ家は、たった一冊だけ買ってもらえたという絵本に出てくるお家でございます。

少々実現する為に手間はかかりましたが、彼女が喜んでくださったのでお世話係冥利に尽きます。あのような無邪気な笑顔が私は見たかったのでございますから。

……何の絵本ですかって? ふふふ、それは見てのお楽しみでございます。そんな不機嫌な顔をなさらないで。じきに見えて来ますよ。


 ほら、見えて来ました‼

凄いでしょう、屋根瓦は板チョコ、壁はビスケット、窓は氷砂糖を薄くしたもので創りました。あ、ポストはクッキーです。

ええ、お気づきでしょう。絵本は、かの有名な"ヘンゼルとグレーテル"でございます。

いつもお腹を空かせていたらしい彼女はお菓子の家に住みたいと仰ったのです。

 要望を聞いた私は勿論、その場にいた家職人達も皆涙を流して完璧なお菓子の家を創ると誓いました。実現には多大なる苦労が伴いましたが。特にこの、氷砂糖を薄くする過程が特に大変でございましたね。何度やっても割れてしまいまして。硝子のように透明になるように、何度も何度も創り直しました。こなくそおおお‼ と叫びながら砂糖を削っている方もいらっしゃいましたっけ。

だからほら、この窓硝子。このように軽く叩いても割れず、しかも家の中が見えますでしょう? 最終的に菓子職人も連れてきて一緒に創ったのでごさまいます。

出来た瞬間はもう皆咽び泣きながら抱き合って完成を喜んだものです。

この家はもう家職人と菓子職人の技術の限界に挑んだものと言っても過言ではございません。

 女の子は喜びに喜んでくださりまして。苦労したかいがあるというものです。

出来上がった家は損傷しても一晩でひとりでに直りますので、彼女はよくこの壁のビスケットの一部を砕いて雀にあげておられました。その様子があまりにも微笑ましくてまた皆で涙を流しましたね……。


 では、中にご案内致しますね。

ええ、この家の内装はマシュマロをメインとしております。彼女が食べたことはないが美味しいと聞いている、と仰ったので。

菓子職人の一人は号泣しながら材料を混ぜておられましたね。

壁と床にタイルのようにカラフルなマシュマロを敷き詰めたので、多少転んでも痛くもなんともございません。

 ベッドはマシュマロのマットレスに綿飴の掛け布団にしました。綿飴がベタつかないようにこれにはそれ用の特別な加工がなされております。

 椅子に着いているクッションも全部マシュマロです。可愛いでしょう? これにまんまるとした雀が乗っていた時はもう、私思わずシャッターを切ってしまいました。ほら、この写真でございます。愛くるしくて胸が張り裂けそうでございました。

ああ、椅子と机は砂糖菓子で出来ております。麩菓子で創るという案も出たのですが、あまりにも軽くて使い物にならないということで砂糖菓子になりました。

代わりに麩菓子はほら、あそこ。時計にしました。なんとも美味しそうな時計でしょう?

 そしてあれ。あの箱も麩菓子で創りました。中を開けてみてくださいませ。

……びっくりしたでしょう?

家具や外装には使うことの出来なかったお菓子を詰め合わせているのでございます。

ショートケーキにタルトにパイにプディング。クレープもごさいますよ。

この中で特に彼女がお気に入りとなさっていたのはこちら、マカロンでございます。とりわけこのピンクの苺味が大好きでいらしたようです。

先日の蝶のお嬢様とも仲がよろしく、よくこの箱を持ってあの庭で開かれるお茶会に行かれておられました。

雀とあちらの蝶も仲がよかったらしくて。鳥が虫と戯れるという絵があんなにも様になるとは私思いにもよりませんでした。


 ……はい、調査終了、でございますね。

どこにも問題点はございませんでしたか? ……それはよかったです。

……あの……この家、私共わたくしどもから致しましてもその……とても手放し難いと言いますか……。かなり苦労して出来上がった家ですので消してしまうのは惜しいと言いますか……。

え、あっ、分かっております‼ 規則には従わねばなりません。

ですが食べ物を粗末に致しますのはちょっと……。

………………担当者様、本部のお茶菓子、足りていらっしゃいますか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死後の家 胡桃幸子 @kurusachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ