綿雪とホットケーキ

風都

綿雪

「こんにちは。私、未来のあなたです」


 早朝。

 信号待ちをしていた私は、こんな冗談みたいな言葉を投げかけられて、訳わからないまま、「っあ、こんにちは!」と言ってしまった私を殴りたい。

 絶対からかわれている。

 罰ゲームなんじゃないか。

 もしくは、新手の不審者だ。

 そして、こういう警戒心を持ちながらもすぐに危険リスクを回避できない私はつくづく情けない。

 とある人気番組のTちゃんに、決め台詞で叱ってほしいくらいだ。


「よく聞いてね、君は第1志望の大学に受かります」

 未来の私(仮)は、警戒心マックスな私の反応など目に入らない様子で淡々と話す。

 でも、あれ?大学に受かるの?

 それはちょっと、いや、すごく嬉しい!

 やったぁあああああ!


「でも、めちゃくちゃ落ちこぼれます」

 なんだって!!

 聞きたく無かったよ、そんな情報。

 参考書を持つ手が悴む。

 寒い。

 雪降ってる。しかも綿雪。重くて雪かきがめんどくさいタイプの雪だ。

 私はコートのフードを被った。こんな時フード付きのコートっていいよね。


「さらに、友人のA子ちゃんは大学に落ちて気まずさのあまり疎遠になります」

 まじか!!

 同じ志望校のA子ちゃんにはとてもお世話になっている。『A子ちゃんここ教えて』『A子ここやった?』『A子ちゃんどんな勉強しているの?』本当頼ってばかりだ。頼りになりすぎているのがいけなかったのだろうか。A子ちゃんの相談には乗った記憶無いしなぁ。

 ごめんよ、A子ちゃん。


「あと、彼氏ができます」

 何それ!?

 いよいよわたしにも春が訪れたのか!

 大学に受かって上京して垢抜けたとか?

 でも、私って結構理想高いよ?頭が良くて運動神経バツグンで黒髪でメガネで少し静かで優しくてクールな人がいいんだけど、そんな人いる?いや、いたのか!!

 って、私にしては積極的じゃない?すごいよ、尊敬するよ!やるじゃん、私!!


「3ヶ月で別れます」

 えぇ……つら……。

 まぁ、兄貴も言ってたよな。1番楽しいのは付き合いたての頃で、3ヶ月目は1番キツイんだって。一人暮らしの兄貴も大体3ヶ月の頻度で実家に帰ってやけ酒キメてるよな……あれ待てよ、よくよく考えたら兄貴って、モテてるのか!?うわっ、なんかキモい……。


「あと、婆ちゃんが死にます」

 嘘だ!

 私は正真正銘のおばあちゃん子だ。正直実家よりも婆ちゃん家の方が落ち着く。

 でも、婆ちゃん今めちゃくちゃ元気なのに……婆ちゃんにはいつも甘えてばかりで、最近物忘れがひどくて何度も同じこと繰り返すものだから辛く当たっちゃったりして……今からでも祖母孝行しなくちゃな。


「まぁ、なんやかんやあります」

 急に雑。

 今までもざっくりしてたけど、なんかまとめに入った。

 というか、この人本当に未来の私なんだろうか?普通に考えたらありえないな。一旦冷静になろう。大学に受かるかどうか、友達と仲良く居られるかどうか、彼氏ができるかどうか、祖母が死ぬかどうか。祖母の死以外は、みんな回避できる案件じゃん!確定ではないじゃん!


「山あり谷ありだけど、私は結構真面目だし、なんだかんだ言って器用なタイプだから他の人とはあまり衝突せずに無難になんでもこなせるから、大体はなんとかなる。ただ、緊張したりピンチの時にはいつも焦ってばかりでベストを尽くせないーーそんな時には今言うことを思い出して欲しい」

 両肩をがっしり押さえ込まれた。白い息が顔面にかかる距離で、思わず未来の私といえど顔を背けたくなるようだった。化粧の匂いがフワッと香って思わず顔をしかめる。

 彼女の黒髪には雪が降り積もっていた。


「人生とは、ホットケーキだ。ホットケーキを焼くときは焦らず、じっくりと待つことが大切なんだ。人生も同じ。そして、チャンスが来た時には迷わずひっくり返す勇気と行動力が必要なんだ」


 何言ってんだ、この人。




 こうして、未来の私(仮)は「あ!やば!朝ドラ見逃した!」と言ってフッと消えた。

 彼女がそう言うから、私は「朝ドラ、録画したかな」と不安になった。中学の時から欠かさず見続けているのだ。

 そして、私は不意に自分が今交差点で信号待ちしていて、とっくに青になっている信号をボーッと見つめていることに気がついた。クラクションを鳴らされて慌てて渡りきったところで、ツルッと滑って転ぶ。スローモーションに崩れていく最中、見えたのはA子ちゃんの衝撃と心配と笑いが混ざったよくわからない顔だった。転んだ衝撃でフードに乗っかっていた雪が前に落ちて、制服のスカートに積もった。

「大丈夫!?」

 A子ちゃんが差し伸べてくれた手を掴むと、彼女はグイッと腰を落として私を引き上げてくれた。

 はっきり言って大丈夫じゃない。なんか変な出来事に遭遇したし、お尻は痛いし。

 でも、なんかすっきりした。

 引き上げてくれた上に、スカートに付いていた雪を払ってくれているA子ちゃんに呼びかける。

「ありがとね。それと、急なんだけど私、合格したらA子ちゃんとパンケーキ屋さん行きたい」

 ホットケーキじゃ無いのは、自分で振る舞う実力がないのと、ささやかな未来への反抗だ。

 A子ちゃんは一瞬キョトンとしたあと、エクボを浮かべて「私も」と言ってくれた。

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