3-2 返した、返した

 考えてみれば、もとに戻ったのである。


 シューティングレンジで一人、ピストルを構えて五メートル先のターゲットを撃ち抜く作業。ただただ真ん中の黒く塗りつぶされたところを穿つための単調でしかし奥の深い世界。


 謝罪のメッセージを送ったところで返信は来ていなかった。既読スルーされていることを恐れて、送信ボタンを押してからというものの、高沢さんとのやり取りをしていた画面を見ていなかった。見れなかった。


 何発もBB弾を撃ち込んでボロボロになったターゲットを取りに向かった。近づけば近づくほどひどい結果が僕にはっきりと告げるのである。


 まるで真ん中に当たっていない。


 何もかもがぶれている。


 集中していない。


 下手っぴ。


 あまりにひどい結果から目を背けるように隣のレーンを見た。もとに戻ったのであれば見慣れた光景があるはずだった。高沢さんが黙々と美しい姿勢で安定したパフォーマンスを見せているはずだった。


 振り返った先にあるのは利用者を待つレーンだけだった。そこにいるはずの彼女はどこにもいなくて、うっかり見とれてしまう時間もなかった。視線を現実に戻す。散々な結果を剥がしてまっさらな紙を用意する。


 ターゲットからテーブルに戻るまでの間で、高沢さんは実在しない可能性を考えてみた。仮定の話である。僕が彼女と関わり合った時間は事実だったし、記憶もはっきりしている。いないなんて、存在しなかっただなんてありえない話だ。


 にもかかわらず、やってはいけないことをしてしまったかのようなひどい罪悪感と体の奥底から涙がこみ上げてくる感覚にさいなまれてしまう。危うくあふれてしまいそうな気配がして立ち止まってしまう。五メートルラインまではあと一メートル程、少しでも動けば決壊してしまいそうだった。


 僕は高沢さんを求めていた。彼女のいる光景が当たり前になっていた。けれども突然、高沢さんが僕の世界からいなくなってしまった。結果を比べるだけならまだよかった。高沢さんよりもよい結果を出せないことが納得いかなくて、その気持ちが顔に出てしまったのがいけなかった。だから高沢さんに責められて、返事もない。


 五メートルライン、テーブルの前。感情の波は小康状態。ピストルを握りしめて姿勢を改めた。僕とピストルとターゲット、僕とターゲットの間の距離感だけの世界に没入したかった。全ての動きを追う意識で一連の流れを踏んでゆく。ターゲットに対して真横に立って腕とピストルは斜め下一直線。モーター駆動か、あるいは空気が入れられてゆくような感覚でピストルを持ち上げて射撃体勢に。狙うはターゲットの中央、黒く塗りつぶされた場所。


 ブルズアイ。牡牛の目玉。


 わずかな腕のぶれが照準器を惑わせる。狙い通りの重なり具合だと思った途端に銃が逃げてしまう。力を入れて、しかし力を入れすぎず。ターゲットから離れようとする力を打ち消すようにコントロールする。


 高沢さん。


 ふいに頭の中に現れた彼女で力の均衡が大きく崩れる。高沢さんのことを考えるだけで腕を支えられなくなってしまう。その場に座り込んでしまいたくなるぐらいだった。力が奪われるというよりも、強大な力に押しつぶされてしまうような感覚だった。


 高沢さんの射撃の様子が何度も何度も脳裏をかすめた。高沢さんの撃ったターゲットの紙が何枚も何枚もよみがえってきた。僕がたどり着けなかった得点、得点、得点。圧力は増すばかり。


 銃を支える腕が限界だった。射撃できる状態ではない、はじめのスタンバイの姿勢に戻ることすらできず、テーブルにピストルを置くしかなかった。ターゲットを狙うことも構えることも放棄したのに、未だのしかかかるものは何なのか。体もそうだが、体の中でも何か重たいものがあって、気持ちを押しつぶそうとしていた。


 もとに戻った。もとに戻ったはずだった。

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ブルズアイ 衣谷一 @ITANIhajime

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