12.クリスマスとお正月

第41話 クリスマスとお正月(1)

 時は流れ、十二月。


 乾いた風に身を震わせながら街を歩くと、どこからかクリスマスソングが流れてくる、そんな季節。


 私は麻衣ちゃんと一緒に、新しくオープンしたパスタ屋さんにやって来ていた。


「わぁ、お洒落なお店」


 リースのかかったドアを開けると、正面には電飾の輝く大きなクリスマスツリー。

 レンガを模した壁には、サンタクロースやトナカイ、雪だるまの可愛らしいオブジェが飾られている。


「私はこのほうれん草とサーモンのパスタにしようかな」


「じゃあ私はカルボナーラ」


 注文を終え、二人てパスタが運ばれてくるのを待っていると、急に麻衣ちゃんが切り出した。


「実は私、クリスマスを大吉さんと過ごすことになったの」


 突然の報告に、私は飛び上がりそうなほど驚いた。


「ええーっ、本当?」


「そうなの。ダメ元でクリスマス二人で過ごしませんかって誘ってみたらOKされて」


 蕩けそうな麻衣ちゃんの笑顔に、こっちまで嬉しくなってきた。


「そうなんだぁ。すごいなぁ。おめでとう」


 口先だけじゃない。私は本気で嬉しかった。麻衣ちゃんもいい子だし、大吉さんも、ちょっとチャラいけど基本的にはいい人だし。美男美女でお似合いだと思う。


 麻衣ちゃんは照れたように頭をかいた。


「いやいや、まだだって。まだ付き合ってる訳じゃないし」


「でもクリスマスを二人で過ごすなんて、もうほとんど彼氏と彼女みたいなものでしょ?」


「うーん、そうかなぁ」


「そうだよ。大吉さんだったら、きっとオシャレなホテルとかレストランを用意してくれるよ。そこで告白とかされちゃうかも」


 照れ笑いを浮かべる麻衣ちゃん。


「だといいけど」


「きっとそうだよ。大吉さん、赤いバラとか用意しそう」


「なにそれ! まあ、やりそうではあるけど」


「どうする? 百本のバラとか持ってきたら」


 二人で大吉さんのキザな姿を想像して盛り上がる。


 大吉さんだったら、きっとお洒落なお店も沢山知ってるし、ロマンチックな演出でクリスマスを盛り上げてくれるんだろうな。


 と、急に麻衣ちゃんが真剣な顔になる。


「ところで果歩たちはどうなの?」


「どうって?」


 私が目をパチクリされると、麻衣ちゃんはニヤリと笑った。


「やだなー、悠一さんとのことだよ。付き合って初めてのクリスマスだし、それはもうロマンチックに過ごすんでしょ?」


「いやー、どうかな。まだどこかに出掛けるとかそういう話は聞いてないけど」


 私は悠一さんの姿を頭の中に思い浮かべる。どちらかというと、クリスマスなんて面倒臭いというタイプに見える。


「でも付き合って初めてのクリスマスだし、きっと何か用意してるよ!」


「そうかなぁ」


 私はチカチカと暖かい光の灯るクリスマスツリーを見つめた。

 付き合いたてだし、ちょっとは期待しても良いのかな?


 




「ただいまー」


「おかえり、果歩さん。今日は寄せ鍋だよ」


 家に帰ると、夕ご飯の準備をしている悠一さんが出迎えてくれる。

 私はエプロンを着け、鍋に向かう悠一さんの背中を見つめた。

 全くもう、麻衣ちゃんにあんなこと言われたもんだから、なんだか妙に意識してしまうじゃん。


「あ、あの」


 声をかけると、悠一さんが振り向く。

 鍋からは、昆布や魚介を煮込んでいるようないい匂いがした。


「ん、何?」


「悠一さん、クリスマスはどうするんですか?」


 悠一さんはキョトンとした顔で答える。


「どうって、いつものように和菓子作りだけど?」


「和菓子作り?」


「正月前は、お饅頭とかお餅がよく売れる時期だしね」


 確かに、お正月といえばお餅のイメージがある。


 悠一さんによると、お正月にお餅を食べるのは、平安時代に宮中で健康と長寿を祈願して行われた正月行事「歯固めの儀」に由来しているのだそうだ。


  もともと餅は、ハレの日に神さまに捧げる神聖な食べ物で、長く延びて切れないことから、長寿を願う意味も含まれているのだとか。


「だからそれに備えて、お餅や日持ちするお菓子は沢山作っておかないとね」


「そ、そうですね」


 何だか寂しいような、ホッとしたような。

 そうだよね。和菓子屋にはクリスマスなんて関係ない。


「どうしたの、もしかして休みが欲しいとか、どこか行きたいところでもあった?」


 慌てて首を横に振る。


「あ、いえ。今日麻衣ちゃんに会ったら、麻衣ちゃんがクリスマスは大吉さんとデートするって言ってたので」


「えっ、そうなの?」


 悠一さんは心底びっくりしたような顔でこちらを見た。


「そうか。あの二人、そうだったんだ」


 悠一さんはクルリと鍋に向き直る。


「そっか。じゃあ果歩さんも、予定が入ったら遠慮せずに言ってもいいよ。店は僕一人で大丈夫だから」


 ん? 何それ。私たち、付き合ってるんじゃないの?

 まぁ、悠一さんらしいと言えば悠一さんらしいけど……。

 お腹の中にモヤモヤを抱えたまま、私は小さくうなずいた。

 

「はい。でも、大丈夫です。本当に予定なんかありませんから。ただ聞いてみただけです」


「そう? ならいいけど」


 私は小さく息を吐いこの分だと、クリスマスはいつもと変わらない――ううん、下手したらいつもより忙しい一日になりそう!

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