第39話 秋の嵐は突然に
結局、咲さんの熱意にどうにも断りきれなかった私は、悠一さんと咲さんのよりを戻す手伝いをすることになってしまった。
「はぁ」
何だか気分が重い。元々人間関係のいざこざが苦手っていうのもある。
それにどうも悠一さんは咲さんとの復縁に乗り気じゃないように見えるのだ。
「えっ、咲が僕に会いたがってる?」
とりあえず咲さんと会ったことを伝えると、悠一さんはやはり渋い顔をした。
「咲とはもう別れたんだし、話をする気は無いんだけど」
「まぁまぁ、そう言わずに……」
困った様子の悠一さんに、私も困り果ててしまう。
でも――咲さんの悲しそうな顔が頭の中に浮かぶ。引き受けてしまったからには何とかしないと。
「大体なんでそんなことを果歩さんに頼むんだよ。果歩さんは関係ないのに」
「たまたま会ったんですよ。それで」
「それにしても何でまた今更」
そう言ったきり黙り込んでしまう悠一さん。私は必死で言葉を紡いだ。
「ええと、咲さん、悠一さんとしばらく前から連絡が取れないことを心配していたんです。それでたまたま雑誌に悠一さんが載っているのを見て会いたくなったって」
「ふぅん」
「別にいいじゃないですか、会うくらい。それに向こうも、よりを戻したいと決まったわけじゃないと思うんです。もしかして普通に友達付き合いがしたいだけなのかも」
咲さんは悠一さんとよりを戻したいと思っている。でもそんなことを言えば悠一さんは会ってくれないと思うのでとりあえず嘘をつく。
「友達ねぇ」
「とりあえず、咲さんに連絡してください!」
私がゴミ箱から拾い上げたメモを渡すと、悠一さんは渋々それを受け取った。
「連絡するまで見てますからね」
「分かったよ。ほら、送ったから」
悠一さんは“何の用?”というそっけないメッセージを咲さんに送った。
味気ない文面だけど、一応、咲さんに連絡させるというミッションはこれで果たされたわけだ。
「これでいい?」
悠一さんはスマホを置くと、疲れたように息を吐いた。
「全く。向こうは僕の連絡先を知ってるんだから、用があるなら向こうから連絡してくればいいのに。いつもそうだ。男の方から何かしてくれると思ってるんだよね。いつも周りが自分に合わせてくれると思ってる」
「そんな事ありませんよ。きっと微妙な女心があるんです」
慌ててフォローをする私を、悠一さんはチラリと見て視線をそらした。
「とにかく、果歩さんはもうこれ以上関わらなくて大丈夫だから」
「はい。すみません、色々と」
なんで私がすまない気分になっているのだろう。
外を見ると、灰色の雲がどんよりと影を落としている。夕立が近づいている気配がした。
◇
その日は、悠一さんが午後から用事があるということで、店は午前中だけの営業だった。
空の色が暗い。ジメジメとした湿気を風の中に感じながら店を閉め周りを掃除していると、制服姿の秋葉くんがこちらに向かって走ってきた。
「よう」
小さく手を挙げる秋葉くん。
「あれ、秋葉くん。学校は?」
「今日はテスト期間で帰るのが早いんだ」
歯を出して笑ったあと、秋葉くんは急に声を潜めた。
「それより果歩、あそこにいるの誰か知ってる?」
「ああ、咲さんでしょ? 悠一さんの元カノの」
私が言うと、秋葉くんは心底驚いたという顔をした。
「知ってたのか。まったく、お前は元カノがウロウロしててよく平気な顔してられるな」
「だって、悠一さんと咲さんの問題だし」
「そういう問題かよ」
「私、咲さんに今日は悠一さん午後からお出かけだって伝えてはあるんですけど、帰ってくるまで待つってずっとそこに……健気じゃないですか」
「あのなぁ。お前、二人がよりを戻してもいいのかよ」
呆れ顔をする秋葉くん。
「悠一さんが咲さんを選ぶなら、私が口を出すことじゃないし」
「俺はてっきり、悠兄はお前のことが好きなんだと思ってたけど」
「違う違う。前にも言ったけど、私には悠一さんに好きになって貰えるような要素なんてないし。美人でもないし、チビでスタイルも悪くて根暗で、咲さんに勝てる所なんてひとつもない」
言っててどんどん悲しくなってきたけど、本当のことなのだから仕方がない。どうして悠一さんみたいなイケメンが私のことを好きになるというのだ。
「お前なぁ――」
言いかけた秋葉くんが、不意に空を見つめる。重い雲の隙間から、ポツポツと雨滴が落ちてきたのだ。
「あ、雨」
「まあいいわ。じゃ俺は行くから」
「うん、じゃあね。風邪に気をつけて」
「お前もな」
私はチラリと咲さんを見た。屋根の下にはいるが、そろそろ帰らないと濡れてしまうかもしれない。
「あのー、咲さん、これ」
私は家から傘を取ってくると咲さんに渡そうとした。だけど咲さんは首を横に振って受け取ろうとしない。
「いいの。屋根もあるし」
「でも雨も強くなってきましたし、悠一さんもいつ帰ってくるか分からないですし、もう帰った方が」
「ありがとう。でも、ここで待ちたいから」
「そう、ですか」
咲さんの頑なな態度に根負けした私は、黙って部屋に帰るしかなかった。
部屋に戻ると、中は静まり返っていてどよんと暗い。
電気とテレビをつけたけれど、部屋の中に誰かの声がしないというのは何となく寂しい。
しばらくテレビを見ていると、窓の外が光ってゴロゴロと雷の音がした。風がガタガタと窓ガラスを揺らす。雨音も随分と強くなってきた。
「雷……」
まさか咲さん、まだ居るなんて事ないよね?
私は窓の外を覗き込み、咲さんの姿を探した。そして私の悪い予感は的中したわけだ。
あ。
いた。
びしゃびしゃと降り注ぐ雨の下に、咲さんの白いブラウスが見えた。
「咲さ――」
窓を開け、声をかけようとすると、咲さんに向かっていく人影が見えた。
遠くからでも間違いようがない。悠一さんだ。悠一さんは、ゆっくりと傘を咲さんに差し出した。
――が。
咲さんは傘を受け取らなかった。代わりに、しっかりと悠一さんに抱きついて胸に顔を埋めた。
ドラマのワンシーンのように抱き合う男女。ゆっくりとスローモーションのように地面に落ちる傘が、私の目に焼き付いてどうしても離れなかった。
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