第23話 イルカショーと水羊羹
「ところで二人はどこまで見たの? 僕たちは、あとはイルカショーくらいなんだけど」
悠一さんが大吉さんに尋ねる。
「僕たちもだいたい見終わったよ」
「でもイルカショーはまだ見てないから、せっかくだし四人で見ようぜ」
秋葉くんが口にカレーを頬張りながら提案する。
「うん」
「そうするか」
そんなわけで、昼ご飯を食べ終わると、私たちはイルカショーを見に向かうことになった。
イルカショーの会場は、平日ということもあってガラガラで、私たちは四人で中央の一番前の席に座ることにした。
「特等席だね」
水が飛んでくるかもしれないと言うので百円でレインコートを買う。
いそいそと着込んでいると、飼育員のお姉さんがやってきてショーが始まった。
「わっ、イルカのお姉さん可愛い。まるでマーメイドだね」
「うるせーな。女なら何でもいいのかよ」
秋葉くんが大吉さんの背中をどつく。瞬間、天井に吊るされたボールに向かってイルカが大きくジャンプした。
「きゃあっ!」
「うわっ」
「わーっ!」
ジャンプしたイルカが着水した瞬間、びちゃびちゃと噴水のように水が飛んでくる。
「うわぁ、酷いね」
「びしょびしょだ」
レインコートを着ていたにも関わらず、私たち四人はあたまからずぶ濡れになった。酷い目にあったなぁとハンカチで顔を拭いていると、悠一さんがイルカを指さした。
「見て果歩さん、あのイルカ可愛いね」
声を上げながらこちらに手を振るイルカに、悠一さんは頬をほころばせる。
もしかして悠一さん、イルカが好きなのかな。
「キュキューッ」
可愛らしい声を上げ、イルカたちがプールの中を元気よく泳いでいく。
悠一さんは目を輝かせて手を叩いた。その無邪気な笑顔に、私はちょっとほっとしたりして。最近は難しい顔ばっかりだったけど、少し元気が出たみたい。
「良かったです」
思わず口に出す。
「ん?」
「いえ、悠一さん、ずっと難しい顔をしてたけど、元気が出たなぁと思って」
「ああ」
悠一さんは恥ずかしそうに視線をイルカに移した。
「ごめんね、不機嫌そうに見えた?」
「いえ、でも忙しいですから仕方ないですよね」
「でも今日は本当にリフレッシュできて楽しかったよ。ありがとう」
「いえ、大吉さんがチケットをくれたおかげです」
「そうそう、僕のおかげなんだから感謝してよね!」
胸を張る大吉さん。その背中を秋葉くんがどついた。
「調子乗んな!」
そこへ目の前でイルカが跳ね、またしても秋葉くんと大吉さんの顔がびしょ濡れになる。
「ぶっ」
「ひでー、びしょびしょ!」
ずぶ濡れになった二人を見て、悠一さんは心底おかしそうに笑ったのだった。
イルカショーが終わった私たちは、お土産コーナーに立ち寄った。
「わぁ、可愛い」
イルカのペンやアシカのついたペン。海鮮味のおせんべいも美味しそうだし、ペンギンのパッケージのチョコも良さそう。
迷っていると、ふとレジの横に置いてあるスノードームに目が行った。
イルカをあしらった青いスノードームで、ひっくり返すと銀色のラメが舞う。
これ、可愛い。自分へのお土産に買ったらいいかな。いやでも、これって飾るだけだし、ハンカチとかペンとかもっと実用的なものにしたほうがいいのかな。
悩んでると、悠一さんに声をかけられる。
「果歩さん、お土産買った?」
「はい。でもこれも買おうかなって迷ってて」
私がスノードームを指さすと、大吉さんが後から悠一さんを肘で小突く。
「悠一、せっかくだし買ってあげなよ」
「ん? ああ、いいけど」
悠一さんはスノードームをひょいと取り上げてレジに持っていった。
「ええっ、いいんですか?」
「いいよ。たかが六百円だし」
「すみません、ありがとうございます」
私が頭を下げていると、不意に後ろから声がかかった。
「あれーっ、果歩じゃない。久しぶり!」
声をかけてきたのは、色白で、茶色い髪をお団子にまとめたお洒落な女の子。大学の時に同じゼミだった麻衣ちゃんだ。
「わぁ、麻衣ちゃん、久しぶり。全然変わって無いね!」
「お友達?」
会計を終えた悠一さんがスノードームを入った袋を渡してくれる。
「あ、はい。大学の時の同期で」
「麻衣でーす。……ってちょっと、こちらイケメンじゃない! もしかして果歩の旦那さん!?」
「ち、違うよ。この人は同じ職場で」
「じゃあ彼氏!? 彼氏なのね!?」
「いや、違うってば! この人はただの――」
私は誤解を解こうとしたのだけれど、麻衣ちゃんは聞こうとしない。
「あっ、ごめん。向こうで友達待たせてるんだった。いやー、懐かしい! また後で連絡してもいい?」
「あ、うん」
「じゃあ、また後で。じっくりノロケ話聞かせてね!」
「いや、だから――」
私が弁解するより早く、麻衣ちゃんは猛スピードでその場を去っていってしまった。
「何だか賑やかな人だね」
ポツリと悠一さんがつぶやく。
「そうなんだよね。美人なんだけど……」
そこが少し勿体ないというか何と言うか。
いい子ではあるんだけどね。
◇
それから数日。悠一さんは相変わらず帰りは遅いけど、すっかりリフレッシュできたみたいで、生き生きとした顔で働いている。
私はというと、自分の部屋に飾ったスノードームをじっと眺めていた。
青い海。イルカが飛び跳ねるスノードームをひっくり返すとまるで雪みたいな銀色のラメが舞う。幻想的で見るたびに癒される。
「果歩さん、晩ご飯できたよ」
今日は珍しく悠一さんが早く帰ってきたので、悠一さんがご飯当番だ。
「はーい」
ウキウキしながらリビングに行くと、お肉が焼けるいい匂いがした。
今日のご飯は悠一さんお手製のハンバーグらしい。
「わぁ、美味しそう」
ホカホカと湯気を上げるハンバーグ。口の中に唾が溢れる。
いつも思うけど、他人が作る料理というのは妙に美味しい。悠一さんが料理上手ってのもあるけど。
ふと見上げると、冷蔵庫にイルカのマグネットがついていて、思わず笑ってしまう。悠一さん、よっぽどイルカが気に入ったみたい。
悠一さんが冷蔵庫から何かを取り出す。
「それからデザートもあるんだ」
「もしかしてお店で出す新しいお菓子ですか?」
「うん」
悠一さんが見せてくれたのは、青い水羊羹だった。水羊羹の中では、寒天で出来たイルカや魚が泳いでいる。
「わぁ、可愛い」
「水族館にインスピレーションを受けたんだ。これはまだ試作品だけど」
「凄い綺麗です。ラッセンの絵みたい」
青い水羊羹をゆっりとスプーンで掬う。口に入れると、爽やかなレモンの風味が口の中に広がった。
「レモン味なんですね。てっきりソーダ味かと。爽やかで、とっても夏らしいです」
「『夏の海羊羹』っていう名前にしようと思うんだ」
「いいですね、夏の海羊羹!」
こうして兎月堂の新たな名物ができあがり、夏の新商品として店に並べられることとなったのだった。
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