7.合コンの夏

第24話 突然の誘い

 草木が色の濃さを増し、ムシムシとした湿気が体にまとわりつく。いよいよ本格的に夏のお中元商戦が始まる季節だ。


「よしっ、と」


 私は「新商品!」というポップとともに、イルカや魚のイラストで新作の夏の海羊羹のサンプルを飾った。


 キラキラと輝くブルーの水羊羹。涼し気な見た目と物珍しさで、絶対お客さんにウケるはず。そう思って自分なりに努力してみた。

 店内には、向日葵の造花や風鈴、うちわに硝子玉。夏を思わせるアイテムが溢れている。

 お店の外観はぐっと華やかになり、お客さんも立ち寄りやすくなったと思う。


 だけど――


 ガタガタと窓ガラスが揺れて、屋根を叩く雨音が激しさを増す。

 私と悠一さんは、分厚い灰色の雨雲と、ザーザーと降り続く雨を眺め肩を落とした。


「人、来ませんね」


「そうだね」


 そう、今年は梅雨が長く毎日雨が続いてるため、お客さんそのものが少ないのだ。


 せっかく頑張ってお店を飾り付けたり、ポップを作ったりしたのになぁ。


 悠一さんは店内をウロウロしてしきりに雨を眺めている。


 私はとりあえず、空いた時間にお中元の熨斗のしを大量に作ってストックしておくことにした。


「えっと、確かこの引き出しに熨斗のしのストックがあるはず……」


 引き出しを開けると、すぐに白い熨斗のしが目に入ってくる。筆ペンを握り、無心で熨斗のしを量産する。


「はぁ」


 棚から溢れるほどの熨斗のしを作り終え、外を見ると相変わらず雨が窓ガラスを叩いていた。


「どうしたの、果歩さん」


「あ、いえ。あまりにもお客さんが来ないので」


 笑って誤魔化した私だけど、お客さんが来ない他にも、実は他にも気がかりなことがあった。


 ――それは数日前に遡る。


「果歩さん、スマホ光ってるよ」


 ある日のお風呂上がり。悠一さんに指摘されてスマホを見ると、麻衣ちゃんからこんなメッセージが届いていたのだ。


『やっほー。突然だけど、もしよかったら今度一緒に合コンに行かない?』


 合コン?


 普段なら、こういった誘いには一切乗らない私だけど――


 この日に限っては、私は麻衣ちゃんの誘いを受けてしまったのだ。


 人が足りなくてどうしても、と何回も頼み込まれたっていうのもある。


 それに――


 私は前の会社での出来事を思い出していた。


 “三十にもなって彼氏もいない、合コンも飲み会も苦手じゃあ、この先どうするの。自分から動かなきゃ”


 頭の中に、太田さんの台詞が渦巻いていた。そうだよね。普通の女の子はそういう風に考えるんだよね。私も普通の女の子みたいにならなきゃ。

 三十にもなって彼氏もいない、飲み会も嫌い、恋愛に興味も無いだなんて、変な人だと思われて麻衣ちゃんに嫌われてしまうかも。


 そんなわけで、私は珍しく合コンの誘いを受けてしまったのだ。


「はあぁ」


 でも、やっぱり乗り気じゃない。


 乗り気じゃないのに断れなくて。どうして私ってこうなんだろう。髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしる。


「果歩さん、どうしたの?」


 悠一さんが心配そうに見つめてくる。


「いえ、何でもありません」


 私は慌てて首を横に振った。合コンに行くかどうかで悩んでるだなんて、くだらなすぎてとても悠一さんには相談できない。


 結局、その日の売上はほとんど無いまま、閉店時間となってしまった。


 溜息をつきながら店のシャッターを下ろそうとしたその時、店の外からいきなり声をかけられた。


「やっほー」


「うわっ」


 思わず可愛げのない声を出してしまう。

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのはやけに上機嫌な大吉さんだった。


「全くもう。気配もなくやって来ないでくださいっ」


「あはは、ごめんごめーん。驚いた?」


 おどけたように笑う大吉さん。悠一さんは眉をひそめた。


「大吉兄さん、何しに来たの」


 大吉さんは豪快に笑う。


「そ、れ、は! 和菓子屋の可愛いリトルプリンセス・果歩ちゃんに会いに来たに決まってるじゃないか」


 嘘だぁ。絶対に嘘。


「ならもう会ったからいいだろ。帰って」


 無理矢理大吉さんを帰そうとする悠一さん。大吉さんは慌ててその場に踏みとどまった。


「いやいや。今日は天気も悪いし仕事を早く切り上げて帰ってきたから、二人と遊ぼうと思ってさ」


「はあ?」


 なおも冷たい対応の悠一さん。


「まぁまぁ、いいじゃないですか。お客さんも少ないですし」


 私がなだめると、悠一さんはようやく大吉さんから手を離した。


「ふう、悠一ったら冷たいんだから。それより果歩ちゃん、どうしたの? ため息なんてついちゃって」


 急に話を振られてドキリとする。


「はい。今日は天気も悪くてお客さんも全然来ないので」


「それだけ? それだけであんなに溜息つく? 悠一と何かあった?」


「いえ」


 大吉さんのしつこい追及に、私は辺りを見回し声を潜めた。


「そうじゃないんです。実は私、合コンに行くことになってしまいまして」


「合コン? いいじゃん。何が不満なの。頭の硬い悠一が行くのに反対した?」


 悠一さんが腕組みをして大吉さんを睨みつける。


「何で僕が」


 私は慌てて否定した。


「あ、いえ。私、人見知りするし、男の人も飲み会も苦手だし、それでちょっと困ってて」


「大丈夫だよぉ。意外と行ってみれば楽しいって!」


 あっけらかんとした顔で言う大吉さん。そりゃ、あなたみたいな人は楽しいでしょうけど。


「それに果歩ちゃん、僕たちとは普通に話してるじゃない」


「そりゃ大吉さんたちは、何ていうか、ほら、家族みたいなものですから」


 しどろもどろになりながら答える。こんなイケメンたちとファミリーだなんて、おこがましいにも程があるけど、でも食卓も囲んだし、何となく家族みたいな感じがするのだ。


「それに私、合コンに行くような服なんか持ってないんです。絶対浮いちゃうし、恥ずかしい思いをするだけかも」


「うーん、それは確かに問題かもね」


 そう言うと、大吉さんは少しの間考え込んだ。


「ちなみに合コンはいつ?」


「今度の金曜日の夜です」


「そう。果歩ちゃん、月曜日と水曜日休みだっけ?」


「はい」


 うなずくと、大吉さんはパチンと手を打った。


「よし決めた。じゃあ月曜日、僕と一緒に果歩ちゃんが合コンに着ていくお洋服を買いに行こうよ」


 ええ? 


「でも大吉さん、仕事は」


「大丈夫大丈夫、ちょうどこの間土曜日に会社出たから代休取らなきゃいけなかったんだ。それに、灰かぶりのシンデレラをお姫様に変身させるなんて面白そうじゃない」


 ふっふっふ、と大吉さんが笑う。なんだか妙にやる気みたい。うう、なんでこんなことになったんだろう。


 でも――よく考えたら、着ていく服が無いのは本当だし、誰かに選んでもらうというのは楽でいい考えのように思えた。


「分かりました。よろしくお願いします、大吉さん」


「えっ、いいの? 果歩さん。こんなヤツだよ」


 悠一さんがびっくりしたように目を見開く。


「こんなヤツとは失礼な。実のお兄さんじゃないか!」


 よよよ、と泣き真似をする大吉さん。


「そうですよ、悠一さん。私ひとりで買うより、絶対に大吉さんの方がセンスもいいでしょうし」


「そうそう。別に果歩ちゃんのこと取って食べたりしないから! あっ、心配だったら悠一もついて来る?」


 大吉さんに言われ、悠一さんはぷいっと横を向いた。


「いや、僕はいいよ。服に興味ないし。そこまで言うなら二人で行ってくれば」


「よし、じゃあ決まり。果歩ちゃん、今度の月曜日、迎えに来るからね~!」


 大吉さんは傘を勢いよく挿すと、上機嫌で手を振り去っていった。


 こうして私は、大吉さんと二人で買い物に行くことになったのだった。

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