第22話 灰かぶりのシンデレラ

「それより早く昼飯食おうぜ。俺はこのカツカレーね」


 秋葉くんは、ぐぅとお腹を鳴らすとメニューの表紙に載っているカレーを指さした。


「そうだね、とりあえずお昼ご飯にしよう」


 私たち四人は、同じテーブルを囲みメニューを眺めた。


「果歩さん、何にする?」


 悠一さんに尋ねられ、メニューをペラペラとめくる。


「私はこのペンギンオムライスにしようかなと。この海鮮塩焼きそばも美味しそうですけど」


 大吉さんがニコニコとメニューを指さす。


「じゃあ僕は海鮮塩焼きそばにしよっと。果歩ちゃん、食べたかったら僕の少しあげるから」


「いえそんな」


「じゃあ僕も海鮮塩焼きそばにするよ」


 悠一さんがメニューを閉じ手を挙げる。

 程なくして、四人分のメニューが運ばれてきた。


「わぁ可愛い。美味しそう」


 私が頼んだペンギンオムライスには、卵の上にケチャップでペンギンの絵が描かれていて、お皿にも“Penguin”の文字と魚のマークが書かれている。


 口に入れると卵はふわとろで、そこにケチャップの酸っぱさとチキンライスの塩みがよくマッチしている。


「はい」


 私がオムライスを味わっていると、悠一さんがお箸を渡してくる。


「え?」


「海鮮塩焼きそば、食べたいんでしょ。僕の箸、まだ使ってないから」


「あ、ありがとうございます」


 大人しく箸を受け取りちょこっとだけ焼きそばをとる。悠一さんの頼んだ海鮮塩焼きそばは、エビやイカ、ホタテが贅沢にゴロゴロと入っていて美味しそうだ。


 私はその端っこを少し取ると、自分の皿に乗せた。


「あーっ、僕が分け合いっこしようと思ったのに」


 大吉さんがすねるのを無視し、悠一さんは私が取った焼きそばを見た。


「そんなんでいいの? もっと取っていいのに」


「いえ、大丈夫です。悠一さんも私のどうぞ」


「いや、僕はいいよ」


 いいの? てっきり悠一さんが私に焼きそばを分けてくれたのは自分がオムライスを味見したいからだと思ってたけど……。


 そしてはたと思い当たった。もしかして悠一さん、私の事を潔癖症だと思ってるのかな。


 二人で一緒に和菓子屋に行った時のことを思い出す。


 そうだ、それでわざわざ箸をまだ使ってないからなんて言ったんだ。

 大吉さんはそんなこと気にしないで私のオムライス取ったり使った箸で焼きそばを分けたりしそうだし。


 そんな事を考えると、なんだか少し気恥しくなった。


「俺も一口食いたい」


 そんな中、秋葉くんは勝手に私のオムライスを取って一口食べた。

 なんというか、大吉さんもだけど、秋葉くんもたいがい自由人だなあ。

 横を見ると、悠一さん一人だけが少し渋い顔をしていた。


「そういえばさー、二人のその服、ペアルックなの?」


 唐突に、秋葉くんが私と悠一さんの服装を指さす。


 そこで初めて、悠一さんはジーンズに灰色のパーカー、私もジーンズに灰色のパーカーという格好だったことに気がついた。


 頭に血が登り、顔がかぁっと熱くなる。


「こっ、これは偶然ですっ」


「えー、そうぉ?」


「本当です。私、服のバリエーションがあまりないんです」


 悠一さんは無言でパーカーを脱ぎ、いつものTシャツ姿になった。やっぱり私とペアルックだと恥ずかしいのかもしれない。


「あ、悠兄、珍しくいつものTシャツじゃないと思ったら下に来てたのか」


「今日は少し肌寒かったから上に羽織ってただけだよ」


「全く、相変わらずファッションに興味が無いんだから。毎日同じ服を着てるだなんて、それだから女にも逃げられるんだよ」


「うるさいな。僕は和菓子以外のことには興味が無いんだ」


 ふてくされる悠一さんを見て、大吉さんはけらけらと笑った。


「まあ、スティーブ・ジョブズやアインシュタインも毎日同じ服だったって言うしね」


「そうなんですか?」


「ああ。服を選ぶのに悩んでしまうと、それだけで脳が疲れてしまうだろう。それでいざという時の大きな決断の正確性が下がってしまわないように毎日同じ服だったって聞いたことがあるよ」


「へぇ、面白い」


「それにしたって限度があるぜ。全く、前の彼女と付き合ってたころは悠兄もまだそれなりの服を着てたのに、女が居なくなるとこれだ」


 へぇ。もしかして前の彼女さん、悠一さんをお洒落にしようと思って色々頑張ってたんだろうか。


 そう思って悠一さんの顔を見ると、悠一さんは少し気まずそうに視線をそらした。


「秋葉、その話は」


「悪い悪い」


 秋葉くんは全く悪びれた感じのない顔で返事をすると、急に私の方に向き直った。


「まぁ悠兄は男だし、顔が良いから何を着ても似合うしまだいい。だけど果歩、お前は何だよその格好は」


「ええっ、私?」


 突然話を振られてビクリとしてしまう。


「まぁまぁ。案外そのパーカー脱いでみたら可愛いかもしれないよ?」


 大吉さんに言われてパーカーを脱ぐ。


「どうですか?」


「うーん」


 だけど大吉さんの反応は思わしくない。というか微妙な顔。

 秋葉くんは、もっとあからさまに馬鹿にしたような表情を浮かべた。


「何だそれ。お母さんに買ってもらったTシャツ?」


「じ、自分で買いましたよ」


 失礼な!


「自分で買ったとしたら余計酷いぞ。ジーンズの色とかサイズ感も絶妙にダサいし」


「ええっ、そんなに?」


 私がショックを受けていると、大吉さんが笑いながら私の手を握った。


「そうだね。ジーンズを買い替えて、足元もスニーカーじゃなくてミュールかパンプスにしたら可愛くなると思うよ。そうだ、後でお兄さんと買い物にでも行こうか。灰かぶりのシンデレラを立派なプリンセスにしてあげるよ」


「どさくさに紛れて何言ってんだ」


「訳が分からない」


 同時に突っ込みを入れる悠一さんと秋葉くん。


 私はと言うと、どうやら自分が本当にダサいらしいということに地味にショックを受けていた。


 そりゃ自分のことをお洒落だとは思っていないけど、今日の格好は無難な普通の格好だと思っていたのに!


 トホホ……オシャレの勉強、しなきゃかなぁ。

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