10.甘栗の気持ち
第35話 甘栗の気持ち(1)
麻衣ちゃんと大吉さんをどうやってくっつけるのか。この難題に立ち向かうべく、私と麻衣ちゃんは兎月堂の向かいにある喫茶店で作戦会議を行っていた。
「私と麻衣ちゃんと悠一さん、大吉さんの四人で栗拾いに行くのはどう?」
私が考えたアイディアを披露するなり、麻衣ちゃんが渋い顔をする。
「えっ、栗拾い? 何で?」
「えっ」
何でって、二人をくっつけるために会う機会を作ってあげようと思ったのに、何か間違ってた?
「それは……栗拾いって楽しそうじゃない? 今の時期にしかできないし、悠一さんが秋の新作のお菓子のアイディアを考えられるし」
「いや、別に嫌なわけじゃないよ? でもあんまり栗拾いに興味が無いというか……私にはない発想だったから……うん。果歩らしいわ」
ブツブツと呟く麻衣ちゃん。麻衣ちゃん的には、もっとお洒落なデートプランが良かったに違いない。でも私にはそんなの思いつかない。
別のプラン……別のプラン……。
私は必死で無い知恵を絞った。
「あっ、ひょっとして芋掘りのほうが良かった?」
「いや、幼稚園の遠足じゃないっつーの」
ぴしゃりと麻衣ちゃんははねのける。
「芋堀りだなんて、大吉さんの前でオナラが出たらどうするのよ~」
栗拾いも芋堀りも、面白そうなんだけどなあ。
「分かった。じゃあ麻衣ちゃんは栗拾いには来ないのね?」
私が少し冷たい口調でいうと、麻衣ちゃんは慌てて私の腕を掴んだ。
「まさか。行かないとは言ってないから。うん。一目会えるだけで充分だし、贅沢は言えないわよね。栗拾い、いいんじゃない!? 楽しそうかも。うん!」
全く、調子が良いんだから~!
そんなわけで、週末に私、悠一さん、大吉さん、麻衣ちゃんの四人で栗拾いに行くことが決まったのだけれど……。
◇
「わぁ、ここが小林果樹園かぁ」
「広いですね」
辺り一面木々の緑が広がっているのを見て、私は目を丸くした。一体どれくらいの広さなのだろう。
「春にはイチゴ狩りなんかもできるみたいだよ」
悠一さんがパンフレットを指さす。私と麻衣ちゃんは二人でそれを覗き込んだ。
「どうせならイチゴが良かったなぁ。見てよこの格好。まるで農家のおばちゃんみたいよ」
麻衣ちゃんがぶつくさ言う。確かに、私たちの格好は長袖長ズボンに軍手というスタイルだ。あまりデートっぽくはない。
「お待たせ、プリンセスたち!」
「二時間でここからあそこまでの栗を取り放題だそうだよ」
大吉さんと悠一さんがトングとバケツを持って走ってきた。
麻衣ちゃんは先程までと打って変わってぱぁっと明るい顔になる。
「わ~取り放題、楽しみですぅ。沢山取りましょうねぇ!」
「そ、そうだね」
私は麻衣ちゃんの変わり身の早さに呆然としながらも悠一さんの腕を引っ張った。
「悠一さん、あっちのほうから拾いましょう」
「え? ああ、うん。行こうか」
私が急かすと、悠一さんは戸惑いながらも私の横について歩き出した。
後ろを振り返ると、麻衣ちゃんと大吉さんは楽しそうにお話をしている。良かった、どうやら仲良くしているみたい。
「さて、この辺りで拾おうか」
悠一さんが立ち止まる。
「そういえば栗ってどうやって拾うんでしょう」
私がわさわさと栗がなっている木を見上げて腕組をすると、悠一さんは地面を指さした。
「ただ地面に落ちてるのを拾えばいいんだよ。熟した実は自然に地面に落ちてくるからね。木を揺らしたりして取らなくても大丈夫」
「そうなんですね」
「もしかして、栗拾いは初めて?」
「はい」
「じゃあ、見てて。栗の取り方はこう」
悠一さんがイガの部分を器用に踏んで栗を取り出すと、トングで掴んでバケツの中に入れた。
「こうですか?」
私も見様見真似でクリを割ってみる。靴にイガが刺さるんさじゃないかとビクビクしていたけど、意外と平気だった。
「そうそう。上手い上手い」
と、突然悠一さんが私の腕を掴んだ。
「な、なんですか?」
「これ、虫が食ってるね」
「えええっ、虫ですか」
思わず栗を放り投げて悠一さんにしがみつく。
悠一さんは冷静に栗を拾い上げて説明してくれた。
「こういう穴が開いた栗は虫に食われてるから気をつけて」
「は、はい」
「まぁ、農園で育てられた栗は普通の山に生えてる栗と違ってそんなに虫もいないから」
「だといいんですけど」
恐る恐る栗拾いを始める。
最初はトゲが痛くないかとか、虫がいないかとかいちいち心配だったけど、すぐにコツを掴んでパカパカと栗を拾えるようになった。
何だかこれ、楽しいかも。
夢中になって栗を拾っていると後ろから麻衣ちゃんに声をかけられた。
「どう、拾えてる?」
「うん。ほら」
バケツいっぱいに入った栗を見せると麻衣ちゃんは目を見開いた。
「そんなに? なんかすごい集中して拾ってるなぁとは思ってたけど」
「うん。私、こういうのついつい熱中しちゃうたちで。子供の頃もおばあちゃんと一緒に山菜採りに行くの好きだったし」
「子供とは思えない趣味ね」
確かにそうかもしれない。昔から、アイドルがどうのとか好きな男の子がどうのとか話してる同級生とは話が合わなかったから。
「それより、大吉さんとはどう?」
「うん、果歩のお陰で沢山お話できたよ。すごく紳士的で、話せば話すほど好きになっちゃう」
麻衣ちゃんは夢見る少女のように顔を輝かせた。
あまりのうっとり具合に少し不安になりながらも、とりあえず同意する。
「そ、そう。確かに紳士……というかちょっとイタリア人ぽい所あるかも」
「イタリア人。確かに!」
麻衣ちゃんはケラケラと笑うと、ふっと視線を落とした。
「でも大吉さん、誰にでも優しい感じじゃない? だから何となく不安で……」
そこまで話したところで、麻衣ちゃんは顔を上げた。バケツの中を栗で一杯にした悠一さんがこちらへ手を振り歩いてきたからだ。
「おーい、二人とも取れた?」
「わー、悠一さんのバケツ、沢山!」
「いや、つい熱中してしまって」
「分かります。私もです」
悠一さんはバケツを目線の高さまで持ち上げると軽く目を細めた。
「一人一キロまで持ち帰れるはずだけど、この分だと一キロ以上はありそうだね」
「そうですね。この辺でやめにしてもいいかもしれません」
「じゃ、そろそろお昼にしようか」
「はい」
ほどなくして大吉さんも合流し、私たちは果樹園の横にあるレストランへと向かった。
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