第20話 大吉さんのお土産

「あれっ、今日はお店は休みなの?」


 明くる日、「臨時休業」の貼り紙を入口に貼り付けていると大吉さんが気の抜けた声を出す。


「はい。実は悠一さんが倒れちゃって。午前中だけの営業にしたんです」


「えっ、そうなの!?」


 目を大きく見開く大吉さん。


「いえ、倒れたと言っても、貧血と寝不足でちょっとフラフラしただけみたいなんですけど、医者からは今日一日は安静にしてろって」


「あ、そうなんだ。大変じゃないか。じゃあ今日は可哀想な悠一のお見舞いにでも行くことにしようかな」


「ありがとうございます」


「僕の大切な弟だからね。ふふふ、僕が手厚く看病してあげよう」


 妙な含み笑いを浮かべる大吉さん。やっぱり弟のことだから心配なんだろうか。二人で兎月堂の二階へと階段を上る。


「全く、あの子は昔から和菓子のことになると周りが見えなくなるからなぁ。この時期は特に」


「そうなんですよ。夏の新作お菓子のことをずっと考えてるみたいで」


「まぁ、いつもならもう新作が店に並んでてもおかしくない頃だもんなぁ」


「そうなんですね」


 それで悠一さん、焦ってるのかな。無理はしないでほしいんだけど。


「ただいま、悠一さん。大吉さんがお見舞いに来てますけど」


 ドアを開け声をかけると、悠一さんはベッドに寝て……じゃなくて台所に立っていた。


「悠一さん、何してるんですか!?」


「ちょっと待って。もう少しでできそうなんだ」


 できそうって何が!?


「何を作ってるんですか? 寝てないと駄目ですよ」


「水羊羹だよ」


 悠一さんが台所で作っていたのは、赤と黄色と緑、色とりどりの水羊羹だった。


「うわぁ、こんな色の水羊羹始めて見ました」


 大吉さんも横でうなずく。


「なるほど、今年の新作は水羊羹か」


 水羊羹は、羊羹に比べて寒天が少なく、口当たりが柔らかいのが特徴。そのためさっぱりとしていて食べやすく、夏の定番商品となっている。お中元としてもよく売れる人気商品なのだ。


「うん。夏らしい味の水羊羹をと思ってね。これがレモン味で、これがキウイ味、これがスイカ味」


「へぇー、キウイ味やスイカ味の羊羹なんて初めて見ます」


「ちょうどいい、二人で試食してくれないか」


 早速切り分けて皿に出してくれる悠一さん。いや、それよりも寝てなくていいのかなぁ。


「はいどうぞ。まだ試作段階だから味は期待しないで」


「わー、美味しそう」


「いただきます」


 二人で羊羹を口に運ぶ。


「うん。レモンは美味しいですね、爽やかな酸味で」


 私が言うと、大吉さんが付け足す。


「でも、スイカとキウイはいまいちかもね」


「そうか」


 ガックリと肩を落とす悠一さん。


「で、でも、レモンは美味しいですから!」


 フォローしようとした私の横で、大吉さんはさらに渋い顔をする。


「でもいずれにせよ、見た目が地味だね。夏はお中元やら何やらで羊羹が出るから、変わり種の羊羹を出そうってのはいいと思うけど、これじゃあんまりSNS映えしないでしょ」


「SNS映え……」


「そう、時代はSNS映えさ」


 大吉さんが拳を握って力説する。


「ぶっちゃけ味より見た目の方が重要なぐらいだ。この店も見た目を何とかしないと、いつまで経っても赤字だよ?」


「なるほど」


 険しい顔で考え込む悠一さん。その肩を、大吉さんはポンポンと叩いた。


「まぁまぁ、そんなに怖い顔しないで。あんまり根を詰めるのはよくないよ」


「そうですよ。お医者さんにも言われたんだから、寝てて下さい!」


「なんならお兄さんが添い寝してあげようか、マイ・ブラザー」


「それはいらない」


 肩に手を回した大吉さんに、悠一さんはキッパリとした口調で言い放った。


「少し寝たら体調も治ってきたし、ずっと寝てるのも暇だし、少しぐらいさ――」


「駄目ですっ」


「どうせ明日には仕事に戻るし、寝てる時間が勿体ないよ」


 もうっ、悠一さんったら頑固なんだから!


「じゃあもう体調は大丈夫ってことなのかな?」


 大吉さんが苦笑いをする。


「うん。もうすっかり」


 すっかりって……本当かなぁ。


「それなら良かった。今日は悠一にいい物を持ってきたんだけど、体調が悪いなら別の奴にやろうと思ってたから」


「いい物?」


 怪訝そうな顔をする悠一さんの目の前に、大吉さんは二枚のチケットを差し出してウインクした。


「そ、息抜きにいいと思ってね。煮詰まってるときは、案外別のことをしてリラックスした方がいいアイディアが浮かぶものさ」


 悠一さんは二枚のチケットを受け取った。


「水族館?」


 どうやら大吉さんが持ってきたのは水族館のチケットらしい。

 あ、もしかして、今日大吉さんが来たのはこれを渡したいがためなんだろうか。だったら先に言ってくれればいいのに。


「そ。ちょうど二枚あるから、体調が良くなったら、今度果歩ちゃんと行ってきたらいいよ」


 大吉さんがウインクする。


「へっ?」


 私と?


「……だってさ、行く?」


 悠一さんが私にチケットを見せる。

 私は思わずコクリとうなずいてしまったのだった。


「ただし、体調がちゃんと治ってからですよ?」


「分かってるって。ほら、もう元気」


 腕をぐるぐると回す悠一さん。

 本当に分かってるのかなぁ、この人は。


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