第13話 町の本屋

 和菓子庵・風雅を出た悠一さんが時計を見る。


「さて、まだ時間はあるけど、どこか寄りたい所とかある?」


「そうですね。もし良ければ、この先にある本屋さんに寄って欲しいんですけど」


「いいよ。果歩さん、本好きだもんね」


 悠一さんが軽トラを走らせる。


「はぁ」


「どうしたんですか?」


 私はため息をつく悠一さんの横顔を見つめた。


「いや。近くにあんな良いお店ができたんじゃ、うちに人も入らないはずだよな」


「そんなことないですよ。今は開店したばかりで物珍しいから向こうにお客さんがとられてるだけで、しばらくしたら元に戻りますって」


「そうかなぁ」


 肩を落とし、すっかり落胆した様子の悠一さん。


 やがて車は、郊外の小さな本屋さんの前で停車した。


「駅前の大型店じゃなくてここでいいの?」


「はい。ここ、個人経営のお店だけど、ポップのコンテストで賞を取ったってネットで見て――」


「そうなんだ」


 私はウキウキしながら本屋さんへと足を踏み入れた。

 本はネットでいくらでも買える時代だけど、本屋さんに行って本を選ぶというのは、また違った楽しみがあると思うのだ。

 紙とインクの独特の匂いとか、意外な本との出会いとか。


「本当だ。店内の飾り付けが凝ってるね」


 悠一さんが店内に入るなり積み上げられた本を見て目を丸くする。


「そうなんですよ。しかも見てください。このイラストとか解説も、ここの店員さんが手書きしたものらしくて」


「へえ、すごいね」


 私は目当ての本を手に取った。だけど、ポップに惹かれて、目当ての本以外の本もついつい手に取ってしまう。

 まるで遊園地みたいで、見ているだけでワクワクしてきちゃう。


「買いたい本はあった?」


「はい。悠一さんも何か買うんですか?」


 見ると、悠一さんの手にも文庫本が一冊握られている。


「うん。僕もポップに惹かれてつい。見てるだけで楽しいね」


「はい」


 確かにこの店は、何か買いに来た訳じゃなくてもお店の中にいるだけで楽しいし、ついつい手を伸ばしてしまう仕掛けがいくつもある。

 個人経営のお店だし、店内が広いわけでも大きいチェーン店という訳でもないのに。


「あ」


「どうしたの? 果歩さん」


 悠一さんが不思議そうに私の顔を覗き見る。


「いえ――悠一さん。この後、寄りたい所があるんですが大丈夫ですか?」


「うん。いいけど、どこへ?」


「文房具屋です」


 私は悠一さんの目をまっすぐ見て答えた。

 私の頭には、兎月堂にお客さんを呼び戻すある妙案が浮かんでいた。



「よしっと」


 文房具店で買い物を終え、家についた私は、早速買ってきた色画用紙を広げた。


「その色紙どうするの?」


 目を丸くする悠一さん。私は油性ペンのキャップを開けながら答えた。


「ポップを書くんですよ。規模の大きい人気店に勝つには、小さくても行くだけでワクワクして、思わず和菓子が買いたくなっちゃうようなお店にすればいいと思うんです」


「な、なるほど」


 キョトンとする悠一さん。私はあっと息を吸い込んだ。


「す、すみません。ただのバイトなのに、差し出がましいですよね」


「いやいや、嬉しいよ。果歩さんがそこまで考えてくれていたなんて」


 悠一さんは、そう言うとペンを手に私の横に腰掛けた。


「近くに良い店ができたからって、落ち込んでる場合じゃないね。僕も頑張らなくちゃ」


「一緒に頑張りましょう」


 そしてその日、私と悠一さんは遅くまでポップや飾り作りに励んだのでした。


 ***


「果歩さん、店内の飾り付けはどう? 一人でできそう?」


 翌朝、開店準備をしていると、悠一さんがやってくる。


「順調です。ここの飾り付け、どうですか?」


「いいね。でもこのポップはもうちょっと下にずらしたらどうかな。これだと商品が見えずらいから」


「はい」


 悠一さんに言われた通り、ポップを貼り直す。


「うん、いいね。なんだかお店が明るく見えるよ」


 ポップだけじゃない。昨日買った朝顔や向日葵の造花やすだれ、うちわや風鈴を飾っただけで、殺風景だった店内がずいぶんと華やかになったように見える。


「いらっしゃいませ」


 開店時間となり、早速お客さんが入ってくる。


 やってきたのは、佐藤さんという近所に住む常連のおばさんだ。


 佐藤さんはお店に入ってくるなり、キョロキョロと店内を見回した。


「あら、今日はお店の雰囲気が違うのね」


「ええ、もうすぐ夏なので少し模様替えを」


「いいじゃない。この店、味は確かだけど少し地味だったから」


「あはは、そうですか?」


 常連さんにもそう言われてしまうなんて、このお店、やっぱり地味だったんだなぁ。


「あら?」


 佐藤さんがポップに目を止める。

 私はドキドキしながら佐藤さんの顔を凝視した。


「私がいつも買ってるどら焼き、人気No.2なの。一位はどれ?」


「はいっ、一位はこちらのおはぎです」


「へえ……『香ばしいお米の味のするお餅に、トロリと蕩けるような餡子がたっぷりとかかった人気商品です』ですって。これも美味しそうね」


 佐藤さんは、いつも買っているどら焼きの他に、おはぎの小さい箱を指さした。


「じゃあこれとこれ、二ついただくわ」


「ありがとうございます」


 私はガバリと頭を下げた。

 嘘みたい。ポップのおかげで本当に商品が売れるなんて。


「凄いね、早速効果が出てる」


 奥から出てきた悠一さんも目をパチクリさせる。


「ですよね。私もびっくりしちゃいました」


 どうやら「ポップ大作戦」はそれなりの成果を上げたみたい。


 私もこのお店に少しは貢献……できたかな?

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