第12話 敵情視察

「ここだ。なんでも有名な喫茶チェーンが運営しているお店らしいよ」


「へぇ、広くてお洒落ですね」


 古民家を改装したかのようなレトロな店内。爽やかな藍色の暖簾をくぐると、藍色の浴衣に白いエプロンをつけた美人の店員さんが出てきた。


「いらっしゃいませ」


 店内は広く、木材がふんだんに使われた粋な作りで、窓にはステンドグラス。見ているだけでワクワクしてくる。


「わー、美味しそう」


 並べられた色とりどりの和菓子たちを眺めていると、悠一さんが私を呼んだ。


「果歩さん、ここ喫茶スペースがあるみたいなんだけど行ってみない?」


 店内を見ると、確かに隅の方に、木でできた小洒落た椅子とテーブルが並んでいる。


「いいですね。あそこで食べてみましょうよ」


「うん、そのつもりでここに来たんだ」


 二人で店を横切り、喫茶スペースへと向かう。店内は混みあっていたけれど、ちょうどお客さんが帰るタイミングと重なり、すぐに席に着くことが出来た。


「わぁ、良い雰囲気」


 木でできた落ち着いた雰囲気のテーブルには和柄の布が敷かれていて、古民家的な店内の雰囲気とよく合っている。


 江戸切子に入ったお冷をいただきながら、メニューを開く。


「何食べようかなぁ」


 ページをめくると、見るからに美味しそうな和菓子たちの写真が目に飛び込んできた。


「美味しそうですね」


 白玉あんみつ、抹茶アイス、くずきり、ぜんざい。どれも美味しそうで迷ってしまう。


「僕はこれにしようかな」


「私はこれにします」


 しばらく考えた結果、悠一さんが季節の生菓子を、私はクリーム白玉あんみつを頼むことにした。


 メニューを閉じると、初夏の爽やかな風がそよぎこんでくる。窓辺では、チリンと風鈴が揺れ、その向こうには庭木の新緑が見える。


 メニューの装丁もインテリア、店員さんの制服に至るまで和のテイストが徹底されていて、どこもかしこもお洒落だ。


 しかもお洒落なだけではなく、ゆったりとした雰囲気でかなり落ち着く。人気があるのも分かる気がする。


「悠一さん、兎月堂でもこういう喫茶スペースを作ったらどうですか?」


「うーん、実は僕もそのことは考えたことはあるんだけど、本格的な喫茶スペースをやるとなると、うちじゃスペースも人手も足りないし、営業許可とかもいるからね」


「そうなんですか」


「うちもこれくらい広くて資金があったら良かったんだけど」


 当たり前だけど、私が考えるようなことは、悠一さんはすでに考えているのだ。

 やっぱりお店を切り盛りするというのは色々と大変なんだなぁ。



「お待たせしました」


 少しして、お姉さんがあんみつと生菓子を持ってきてくれた。


「わぁ」


 目の前に現れたのは、黒の容器に盛られた可愛らしいクリーム白玉あんみつだった。

 

「んー、美味しい」


 ほろ苦い抹茶のババロアに、甘い餡子とクリームが口の中で溶け合う。

 そこにもちもちとした食感の白玉と、コリコリの寒天、みかんとさくらんぼのほのかな酸味が加わり、なんとも言えないハーモニーを醸し出している。


「美味しい?」


「はい、とっても。食べてみますか? この抹茶の苦味が何とも言えないんです」


「うん、じゃあ頂こうかな」


 悠一さんは、私からスプーンを受け取ると、一口すくって口に入れた。


「うん、美味しいね」


 あ。


 私は思わず固まってしまう。


 これって間接キス?


 いや、悠一さんのお皿には和菓子用の小さなフォークみたいなのしかついてないから仕方ないんだけど……でも何だか照れてしまう。


「この抹茶ババロアの苦味もいいし、餡子も上品な甘さで。チェーン店が運営してるって言うからどんなものかと思ってたけど、味は本格的だ」


「そ、そうですねー、あはははは」


 笑って誤魔化す私を、不思議そうな顔で悠一さんは見やった。


「果歩さん、何か様子が変だね。どうしたの?」


「いえ、何でもないですっ」


 私は動揺を悟られないように下を向いた。いくらなんでも、三十にもなって間接キスでドキドキしているだなんて痛すぎる。高校生じゃないんだから。


「ところで果歩さん、みつ豆とあんみつの違いって分かる?」


 悠一さんが真面目な顔をして聞いてくる。


「いえ、知りませんけど」


「みつ豆は茹でた赤えんどう豆や寒天に蜜をかけたもので、浅草の舟和が明治三十六年に生み出したデザートなんだ」


「舟和って、あの芋羊羹で有名な?」


「そう。で、それに対してあんみつはみつ豆のバリエーションのうちの一つで、みつ豆に餡子をトッピングしたものを指すんだ。こちらは銀座の若松という甘味処が発祥で――」


 私がドギマギしているだなんて知らないであろう悠一さんが、目を輝かせて説明してくる。


「そ、そうだったんですね。あっ、悠一さんの頼んだのも美味しそう」


 私は心臓の鼓動を隠すように、慌てて悠一さんの頼んだ和菓子を指さした。


 悠一さんの頼んだ季節の生菓子は、金魚とハナミズキ、紫陽花あじさいをモチーフにした季節の和菓子が三つと、お抹茶がついたセットだ。


 和菓子は季節感が命。季節はまだ夏には早いけど、金魚や紫陽花の和菓子はいかにも涼しげで、見ているだけで楽しくなってくる。


 綺麗だなと悠一さんの和菓子をじっと見つめていると悠一さんが顔を上げた。


「果歩さんも食べてみる?」


「いいんですか?」


 じゃあ、と紫陽花のお菓子をちょこっとだけ頂く。


 葉っぱを模した緑色の餡の上には白餡が乗り、その周りを青や紫の小さな寒天が花の形を作っている。見ているだけで癒される可愛らしい和菓子だ。


「もっと沢山と取ってもいいよ」


「いえいえいえ。悪いですっ。悠一さんが頼んだものなのに」


 私は悠一さんから貰った和菓子をちびちびと口に入れた。ブルーの寒天はソーダの味。白餡は口の中でさっと溶けてべたつかない爽やかな味に、思わずうなり声を上げる。


「うーん、夏らしくて良いですね」


「そうだね。これからの季節にピッタリだ。季節を感じられるのが和菓子の良さだと僕は思うよ」


「そうですね」


 春には桜や苺のお菓子。夏には涼しい葛餅や水羊羹。秋には紅葉を象ったり、栗や柿でお菓子を作ったり。冬には雪をモチーフにしたお菓子。


 季節ごとに様々な味や形を楽しめる和菓子って、なんて奥が深いんだろう。


 二人で和菓子を食べ終わると、会計へと向かう。


「二人一緒で」


 悠一さんが言うので慌ててしまう。


「えっ? いいですよ、バラバラで」


「いや、今日は僕が無理やり連れてきたし、これでも一応君の上司みたいなもんだからさ」


「えっ、でも」


 私がまごついている間に悠一さんはさっさと支払いを済ませてしまった。


「す、すみません」


「いいって」


 スタスタとドアに向かっていく悠一さん。その後ろ姿を、私は必死で追いかけた。


「ありがとうございましたー」


 店の前を掃除していた従業員のおばさんに声をかけられる。


「ごちそうさまです」


 ぺこりと頭を下げると、おばさんは口に手を当て意味深に笑った。


「ふふっ、あなたの彼氏いい男ね。羨ましいわぁ」


「かっ……かれ……」


 私が口をぱくぱくさせていると、悠一さんが呼ぶ。


「どうしたの、何か忘れ物?」


「い、いえっ。今行きますっ」


 私は顔から火が出そうになりながら悠一さんの元へと向かったのだった。


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