第2章 5-4 異世界の中の日常
正直に焦った。考えたくも無かった。あえて現実を無視した。帰りは左手にあるはずの、遠目に見える村の風景は、とっくに無い。
「まずい……まずいヤバいまずい」
歩いても歩いても、森を抜けられない。村を遠目に見る開けた台地に、仮設の待機小屋はあった。とにかく、森さえ抜ければ、小屋が見えるはずだった。
日がさらに傾く。
食事をしないと機能停止になる時間が、刻一刻と近づいてくる。
恥も外聞も無く助けてくれと叫ぼうとも思ったが、叫んでエネルギーを使ってそのまま倒れる妄想に取りつかれ、声が出なかった。
(ヤッッべええええええ!!)
やっちまった! 視界が狭くなるほど焦る。小走りぎみに歩いて、いつのまにか谷間へ近づいていたのだろう。気がつけばやたらと急な斜面をつっきるように歩いていた。そして、
「あっ……!!」
落ち葉が滑って、豪快に足を踏み外した。
「わあっ……!!」
そのまま為す術無く急斜面を転がり、何度もバウンドして下まで落ちる。途中で木に三度ほどぶつかり、からだがひしゃげた。人間だったら大怪我だ。そのまま最後は空中に投げ出され、ほぼ垂直に数メートルは落ちた。大きな衝撃があり、地面が水平となると、まったく訳の分からぬ場所へ出た。
桜葉は痛みもあまり感じず、ゆっくりと起き上がって落ち葉や泥を払った。いま落ちてきた斜面を見上げ、思ったよりずっと急斜面だったので驚いた。しかも、かなり高い。崖下というに相応しい場所まで落ちたようだ。
(だめだ……ここまでだ)
こんな所で機能停止して、彫像のように苔むしるドラムを想像して桜葉は目の前が真っ暗になった。
(あーあ、あっけねえなあ)
そう思うと、妙に冷静になってくる。どうせ一度死んだ身だ、という達観があった。周囲を見渡すと、そこは山の中の開けた土地で、草がぼうぼうに生い茂っていたが、明らかに人の手が入った畑の跡や小道があった。そして霧の合間に浮かんで見えたものは……。
「う……」
桜葉は、また違う異性界へ紛れこんだと思った。それくらい違和感があり、違和感が無かった。いや、元の世界へ戻ったと思った。思ったが、江戸時代に戻ったと感じた。
「……そだ……ろ……!!」
そこに佇んでいたのは、時代劇でよく見る大きな藁ぶき屋根の廃屋だった。時代劇というからには、すなわち完全に純和風。少なくともテツルギン方伯領にあるはずの無いものであるのは、明白だった。
桜葉はガクガクと震えが来て、腰が抜けて尻もちをつきそうになった。だが、気がついたら一歩、また一歩と吸いこまれるように歩いていた。なんでこんなものがこんなところにあるのか? ここは本当にテツルギン世界なのか? それとも、本当に江戸時代に来たのか? いくら霧が出ているからといって、白昼夢を本当に見るものなのか? 幻覚攻撃か?
勝手口のような所から、慎重に中へ入る。廃屋の中は、さらに衝撃的だった。見ただけで分かる。居住区と、工房に分かれている。工房は、桜葉が何度も見学したことのある施設だった。すなわち、
「
もう、一気に声が出る。炉があり、ふいごがあり、焼き入れをする槽があり、トンテンカンの器具がある。日本刀を造る工房だ。
「ウソだろウソだろウソだろウソだろ!!」
土足のまま土間より居間へ上がり、探索する。見たことがあるような内容な用具が朽ちて転がっている。畳はなく、全て板張りだ。腐っていて、思い切り床板を踏み抜いた。あわてて起き上がり、廊下を挟んで裏へ周る。すると、狭いが立派な部屋へ出た。
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