第2章 5-3 霧

 「う、いやっ……村人のほとんどは、知りません。秘匿されてました」

 「では、どちらで?」

 「え、えーと、ま、まあ、まあ、その、山の奥で」

 「そこで、戦闘法も伝わってた?」

 「まあ、その、ま、そう……です……ね……」

 「今でも伝えている人は?」

 「おりません。それこそ……山を下りて消えました」

 「どうして?」

 「え、さ、さあ……あたしが久しぶりに行った時には、もう」


 クロタルと三人の役人が、半信半疑というか、半分感心、半分夢見心地の表情で桜葉を見つめる。桜葉はいたたまれなくなり、


 「で、では、ちょっと様子を見てきます。もうきっと、えーと、そのー、山奥で廃屋になっていることでしょう。そこで自分の修行と、身につけた技術を見つめなおしてきます。あたしの、心の問題です」


 「わ、私もぜひ」

 「だめです! 秘伝の場所です。……一人で行かせてください」


 人間だったらもう涙目になっていた。ドラムの眼で厳しく見つめ、クロタルをたじろがせる。


 「夕食までには戻ります」


 そう云って、小屋を出る。もう自棄になって、森へ向かって走った。ガズ子が着いて来ようとしたが、それを止める。

 


 桜葉は森を適当に散策し、時間を潰して小屋へ戻るつもりだった。


 あとはもう、最後まで徹底的にでっちあげるしかない。ここまででっちあげたのだし、確認のしようもないことだからそれでもいいだろう。むしろ、村に家族や婚約者がもういないことも幸いする。裏が取れなくなったのだから。スティーラには悪いが、桜葉にとってはむしろラッキーか。


 森は自分のいた世界と似たような木々が生い茂り、斜面となって下草も多く、意外と歩きづらかった。


 かといって正確には松なのか杉なのか、樫や楢などの落葉樹なのかもよくわからない。もともと木なんか大して興味も無かったのだが、それにしても何の木なのかよくわからなかった。謎の木としか云いようのない木が、何種類も生い茂っている。


 (さすが異世界だね、こりゃ……)


 変なところへ感心しつつそんな森の中を少し歩き、大きな謎の木の下へ座りこんで時間をつぶす。見つからないように少し奥へ来たが、村をずっと右手に歩いてきたから戻る道は分かっているつもりだった。じっさい、木の合間より小さく村の風景が見える。


 「はあ……」

 ため息しか出ぬ。


 ぼんやりとどこともなく地面を見つめていると、桜葉は自動的に休眠状態となったようで、はっと気がつくと、随分日が傾いていた。夕焼けほどではないが、夕焼けのちょっと前くらいには。


 いまだにスマホを探そうと無意識に服をまさぐる。スマホどころか時計も無い。

 (でも、時間つぶしにはなった)

 桜葉は来た道を歩き出した。

 ここまで来るのに、小一時間ほど歩いた記憶がある。


 気のせいか霧が出ていた。

 この森は、この時間に霧が出るのだろうか。

 気がつけば、すっかり周囲が白くなってる。

 「…………」


 いやな予感がした。したくもない予感だ。きっと合ってる。きっとこっちに行けばクロタルやガズ子が待っている。まっすぐ来たはずだ。いま、まっすぐ帰っているはずだ。


 ガサガサと草木や藪をかき分けて、無意識に早足となる。しかし、歩いても歩いても、草原へ戻らない。そもそも、坂をゆるやかに下ってきたはずなのに、いま水平に歩いている。


 「……もしかして……もしかしてこれは……」

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