第2章 2-2 ランスチャージ
だいたい、大昔の戦国武者じゃあるまいし、日本の現存武術に馬上槍ってあっただろうか……桜葉はそう考えて、ちょっと思い当たらなかった。とりあえず、身長より長い槍を手にしてみる。歩兵用なら、これでは短い。あれは三メートルはある。これは二メートル無いだろう。一八〇センチくらいか。六尺棒の長さだった。太さも、まあこんなもんだった。
それを右手で持って台へ登った。もう、厩舎の職員はついていない。クロタルだけだった。
槍を片手にガズ子へ跨がる。脚へ少し力を入れると、ガズ子がノシノシと歩きだした。槍の長さを確かめる。手を目一杯伸ばすと、たしかにドラゴンの顔より槍が突き出る。グイッと軽く膝を上げると、ガズ子が後ろ脚で立ち上がった。肩の関節の関係で、桜葉は肩車のようなかっこうとなる。そのまま、槍を下へ向けると、ちょうどドラゴンの前足の間合いに槍が届く。
(こりゃすげえ……これを実戦でやったら、歩兵はたまんねえな)
現代の戦車みたいなものだろう。桜葉はそう確信して身震いした。
「イェフカ、空中戦の練習を!」
クロタルに云われ、桜葉は一気に両腿を締めて持ち上げる。ガズ子がその場で力強く跳び上がり、翼を広げて一気に空を舞う。もう、お手の物だった。
先日、クロタルからレクチャーを受けており、桜葉はランスチャージの稽古に入った。
競技場の職員が野外竜場へ高く細い木の柱を立てている。その先端に、木の板で作られた的があった。それめがけて空を飛び、槍で突くという基本訓練だ。
大きく上昇し、急降下気味に突進! そのまま絶妙に方向を修正し、的を自分の右側へ持って行く。時速はそれでも、五〇キロくらいだろうか。ハイセナキスにおいて向こうもそれほどで迫ってくるのなら、相対速度は一〇〇キロだ。毎日営業で運転していた桜葉にとって、未体験の速度ではない。
とはいえ、ただ営業車を運転するのと、その速度で小さな的へ槍を当てるのはレベルが違う。
「……うおおっ……!」
初めてのランスチャージは、一瞬のうちに的が後方へ消えただけで終わった。
ガズ子が桜葉の指示が無くとも、自然に再び上昇する。
「何回もやって、慣れてください! ドラムの視覚や反応速度では、必ずできるようになりますから!」
クロタルの声も、風でよく聴こえなかった。
二回目、先ほどよりよく見えた気がしたが、タイミングが合わず槍先が的を外した。
三回目、また槍をだすタイミングをつかめなかった。
四回、五回……七回目で、ようやく槍が的を貫いた。板が割れ、柱が衝撃でグラングランと揺れた。職員がすぐさま柱を倒し、先端へ再び的をとりつけ、また立ち上げる。
桜葉はその日、日が暮れるまで二十三回ランスチャージを稽古し、四回、命中した。
「これくらいで、やめましょう!!」
クロタルが赤い手旗を振る。終了の合図だった。職員が柱を倒し、空の端から暗くなってきていた。なによりガズ子がへばってきているのが桜葉にも分かったので、すーっとクロタルの近くへ降ろす。降り方も既に堂に入った物だ。静かに両腿へ力をかけ、ぐうっと押しこむとドラゴンは下降する。そのまま自然に任せると、勝手に降りてくれる。やがて着地し、ドスドスドス……と振動が伝わってきて、巨体が制動をかける。
落ちついてから台のところまで歩いて、桜葉はガズ子から降りた。梯子を伝って台からも降りて、職員へ槍をわたす。ガズ子は職員が厩舎へ連れて行った。水をたっぷりと飲ませ、発酵させた干し草と穀物の混ざった飼料を大量に食べさせる。
「お疲れさまでした」
クロタルが木のカップで水を差し出す。桜葉は一気にそれを飲み干した。
「いいえ……あたしは別に」
「疲労を感じなくても、ドラムも休ませなくては行けません。食事の時間です」
「はい」
薄暗い中を、連れ立って食堂まで歩く。
「……あの、あたしの槍当ては、どうでした?」
「普通ですよ」
「普通」
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