第1章 2-4 ガズンドラゴン
「すげえ……」
桜葉の感嘆に、意外やクロタルが「まったく、そんなことまで忘れちゃって……」的なニュアンスをこめた声で、
「この国の誇る、ガズンドラゴンですよ。帝国でもこの国でしか生まれ育ちません」
「帝国」
キーワードがいくつか混じっていたのを聞き逃さない。それはそうと、再び竜へ目をやる。
「ガズンドラゴン……」
「世界でも珍しい、装甲ドラゴンの一種です。そこまで忘れたのなら、乗り方からやり直さないとだめかもしれませんね」
「乗り方」
なんとなくだが、分かってきた。そういえば、あの部屋から見上げたドラゴンに、誰か乗っていた。単なる乗り物だと思っていたが、竜に乗る競技があるのだ。
(競馬ならぬ競竜か……? でも、さっき武器って……)
嫌な予感がしてきた。中世ヨーロッパの騎士に、馬に乗って馬上槍を突きあう、模擬戦とはいえ死人も出る超危険なスポーツがあったはずだ。
(まさか、まさか、まさか……)
誰かドラゴンに乗ってナントカキスを始めないかしばし見ていたが、ドラゴンを馴らす作業のようで、飼育員か調教師と思われる何人かが連れまわしたり少し飛ばしたりするだけだったので、やがてクロタルに促された。仕方なく、その場を離れる。
(あれに乗って戦うかも……だと……)
さすがにびびる。当然、空中戦と観るのが妥当だ。ルールはよく知らないが、とりあえず先日見たような屋根のずっと上の高さで戦うのだとしたら、少なくとも落ちたら死ぬだろう。
(そうか……それで、こんなアンドロイドというかゴーレムに人間の魂を移植して……?)
またため息をつきそうになり、あわてて飲みこむ。
建物は競技場に併設の宿舎だった。同じく三階建てで、屋敷というよりこじゃれた城にも思えた。
前の部屋に比べ、なんといっても広い。居間、客間、寝室と三室あったし、大きな銀製のポットがあって水がたっぷり入っていた。
(眠れないのに寝室とはこれ如何に……)
大きなベッドを見つめて、桜葉はあきれた。
「水は定期的に私が補給しておきますので、ご心配なく。もちろん、ご自分で補給してもけっこうですけど」
まだクロタルが自分の世話をするのか。桜葉は素直に顔へ出したようで、クロタルの鉄扉面に容赦なく怒りのしわが入った。
「しまった」
と、思ったが、クロタルのここ数日の鬱憤がついに噴火した。
「あっ……」
という間にツカツカと歩み寄り、桜葉……いや、イフカの胸ぐらをひねりあげ、睨みつけつつも涙目の顔を近づけた。
「ぜんぶ忘れたとかホントなの、アンタ!! 知ってて私をバカにしてるんじゃあないでしょうね!! このド田舎の豚風情が、私をさしおいてその機体に入るなんて!!」
「……えっ? えっ?」
「選帝侯閣下の御前に出る教養も価値も素養も無いお前が、いつまでも調子にのってんじゃあねえぞ!!」
「…………!?」
桜葉は完全にびびって、声もなく手足が震えだした。
そんな桜葉にクロタルは荒くついていた息をどうにかおさめて、バッ、と胸ぐらを突き放した。桜葉はよろめいて転びそうになった。
「……失礼致しました。すべてお忘れください」
クロタルはそう云い放つや、素早く部屋を出て行った。
どれほどその姿勢のままいたのかわからなかったが、やがて動悸が落ち着いてきて、桜葉は大きく息を吐いた。
(忘れられるわけねーだろ……なんなんだ、ったく)
そう思い、思わず胸を押さえていたことに気づいた。そして、いまさらながら、
(鼓動がない……)
ことを自覚する。
動悸が激しかったのは、記憶とその再現に過ぎない。あるいは精神の錯覚。
(本当に、アンドロイドに精神移植されたのか……)
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