第1章 2-3 部屋移動

 「そ、そうだ、クロタルさん」

 「なんですか」

 桜葉……イフカを見もせずに答える。


 「夜って、出歩いちゃダメなんですか?」

 「わかりません。私は指示通りにやっているだけなので」

 「指示」

 素早くクロタルがドアを開け、出てゆく。


 「あ、ちょ……指示って誰のし……」

 バタン。あわててドアへ駆け寄るも、再びビクともしなくなっている。

 「クソ……ドアを閉める魔法なんて……なんて初歩的な……」


 そう思ったが、これが元の世界だったらきっと電子錠というやつなのだろう。おとなしく、一睡もせずに朝を待つ。


 (こりゃあ、暇つぶし用の本かなにかを要求する必要があるな……この世界の情報会得のためにも)


 ほとほと辟易し、時間の経過に倦んで朝を迎える。

 しかし、その日からやおら忙しくなった。



 「部屋を移ります。次の部屋は、カギはかかりません」

 「えっ、ほんと?」

 「建物自体が、出入り禁止ですので」

 「まじで」


 それはそうと、本などを要求してみる。建物の中を歩きながら、前を行くクロタルヘ、

 「あの、すみません」

 「なんですか」

 「本……とか、ありませんか」


 「本!?」

 久しぶりに、目元と片方の口元へシワのよったクロタルの侮蔑の表情を見た気がした。


 「アナタ、字が読めないでしょう!?」

 「字が」


 なるほど……云われてみれば、言葉は脳なのかドラムの演算装置なのかよく分からないが勝手に変換されているが、字はどうだろう。文字は、単なる視覚情報だけでは読めるとは限らない。認知が必要だ。なにせ、異世界の文字なのだから。


 「それもそうですね」


 本はあきらめ、まず、メモなどで試してみることにする。文字そのものを覚えなくては。


 「……なんで、お前なんかが……本を……!」

 クロタルのつぶやきというか吐き捨てを、桜葉は気づかなかった。


 建物は思っていたよりずっと大きく、室内をけっこう歩いた気がした。途中で渡り廊下もあり、窓から外を見ると街から外れている。郊外というでもないが、街の外……いや、市街地に隣接しているというか。


 到着したのは、大きな競技場だった。グラウンドがあり、観客席がある。国立競技場ほどとはゆかないまでも、けっこうな大きさだ。五千人から八千人くらいは入るだろう。すべて石造りで、ローマの闘技場を想起させる。


 「ほえー~……」


 桜葉の感嘆と驚嘆が入り混じった嘆息めいた声に、クロタルから本当のため息が聞こえた。


 「徹底的に忘れたのですね。さ、まずは部屋に。それから、ハイセナキスで使用する武器を選んでください」


 「武器」


 その前に、そのナントカキスという競技の説明……は、いっちょ前に忖度して求めないことにした。


 (そのうちわかるだろ……)

 ため息が出る。とたん、クロタルがまたすさまじい目つきで睨んできた。

 「なんでお前がため息ついてんだ、コノヤロウ」

 顔に書いてあった。

 「す、すみません」


 クロタルが、無言で前を向く。と、そのとき。競技場の壁へ備えつけてある大きな扉が開き、あの窓より見上げた竜が一頭、現れた。思わず立ち止まって見入ってしまう。


 思ったより大きい。四足で歩いているが、すぐに立ち上がって二足歩行となった。手が長い。赤と白の美しい羽毛におおわれ、その中に鋼鉄色のアルマジロやアンキロサウルスめいた装甲板があった。顔も羽毛と角と額から鼻面にかけて装甲板があり、黄色い目が悪役怪獣のように切れ長の三白眼に光っている。爪が鋭く、尾の先に突起の生えた瘤があった。翼は大きく、細かい羽毛の生えた翼竜の翼に見えた。大きさはゾウほどもないが、サイくらいはある。見るからに重そうだが、本当に空を飛べるのか。それとも、魔法的なナニかか。

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