第1章 2-2 性能検査

 見ると、見たこともない紋様の描かれた、トランプほどの大きさの掌に納まる材質の分からないカードだった。魔法のカードということか?


 (じ、呪符ってやつか? マジックカード?)

 桜庭が、クロタルの手のカードへ視線を集中させる。

 「これで、ドアに鍵をかけることができます」


 「スマホかよ」

 「スマ?」

 「なんでもありません」

 「早くこちらの常識を思い出してください。苦労しますよ」

 「はあ……」


 しらねーんだっつーの。桜葉は、も大概にしないとダメな気がした。直感でそう感じた。空気はけっこう読めると自負している。ただし、とことん自分を隠すために。だが、物の訪ね方を考えないといけない。と分かったらどうなるのか、いまは考えないことにする。


 食事は同じようなメニューで、水もよく飲んだ。

 「水の補給も忘れないで」


 助手連中の一人にそう云われて思い出す。水差しに入れて常備し、飲むのを忘れていた。めんどくせえな、と思った。そもそも喉が渇かないので飲むタイミングが分からない。

 食事量は、確かに先日の半分以下だった。また、食べ続けている途中にピタリと食べたくなくなる。しかし空腹感、満腹感はない。


 (こりゃ、前回の食事からの時間数で計るしかないな)

 そう思ったが肝心の時計が無い。感覚だ。計るではなく図るだ。


 またその日から、食事の後にいわゆる体力測定を色々と行った。別室へ連れてゆかれ、重い物を持ったり、走る速さを測ったり、反射速度を試験した。


 (たしかに、こりゃすげえ。すげえ性能だ)


 スポーツ選手になった気分だった。自分の身体がこんなによく動くことが、こんなにも爽快で快感とは。動きすぎて脳が制御しきれず、たまに転んだが次第に慣れた。


 (何の選手だか知らんけど、活躍できて人気が出るとか、金がもうかるんだったら悪くないかも)


 怠惰と単調な日々と合わない職場と「ぼんやりとした不安」に苛まれていたこれまでと比べ、生まれ変わった期待が湧き上がってくる。自然と表情も明るくなってきた。そんな表情と裏腹に、クロタルの表情は日に日に厳しくなって、しまいには完全に無表情となった。

 そんなテストを数日行い、再び最初に目を覚ました部屋へ連れてゆかれた。


 とうぜん、少女……スティーラはいなかった。死体をどうしたかは聞く勇気が無かった。まさか、いつの日か元に戻るために保存しているわけはないと思ったし、そもそもあの身体は桜葉の物ではない。


 (火葬か土葬か……ナンマンダブナンマンダブ)

 台へ横になり、しばらく待つとあの「博士」がやってくる。

 「どうかね?」


 今日は落ち着いて博士を観察できた。相変わらず変な髪形だった。この人物が、このイフカだかイェフカだかを設計し、製造した。


 「現在のところ、基礎性能は問題ありません」

 「ただ、食物の動力変換効率に少し問題が」

 「量のわりに変換値が……」


 博士が虚無と狂気を称えた眼で書類を見入り、

 「確かに、この数値でこの量は食いすぎだね」

 博士がそう云うや、桜葉の意識が無くなった。



 再び気がつくと、部屋で寝ていた。なんだ、この身体でも寝るんだ、と思った。

 (博士があの気を失う機能をつけてくれればいいのに)


 だが……これは想像だが、寝てるうちに機能停止にならないような措置という気もした。

 (ということは、そろそろメシの時間か)


 果たして、クロタルがやってきた。


 特に質問することも思いつかず、その日は桜葉を見守るクロタルや助手と一言の会話もなく黙々と食事をし、部屋へ戻った。ちゃんと水差しへ水を入れるのを忘れない。薄暗くなったのでクロタルがランプへ明かりを入れる。一瞬、どうやって火を入れたのか分からなかったが、例のカードを持っていた気もした。

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