第1章 2-1 この世界の魔法
それでもそれくらいか……。桜葉は驚いた。ずいぶん燃費が悪いと云わざるを得ない。
「それだけ高性能なんですよ、そのドラムは」
クロタルがぶっきらぼうに云う。
「高性能」
よくわからないが、スポーツカーのようなものか。いや、桜葉の認識では、軍用みたいなものか、と考えると納得できた。
クロタルに案内され、またあの殺風景な三階の部屋へ戻った。
「では、また明日」
クロタルが出て行こうとする。
「あ、あの」
「なんですか」
「高性能ってことは、その……お……あたしって、なんか、やるんですか?」
そこまで忘れたの、と顔に書いていたが、クロタルはその言葉を口から出すことに耐えられたようだ。
「アナタは、この国の命運をかけたハイセナキス選手として契約したんですよ」
「契約」
「すぐ思い出しますよ。嫌でも」
クロタルは今度こそ、すばやく出て行った。
「……選手……」
呆然と、目を瞬かせる。
「なんの選手?」
よく聞きとれなかった。
2
その夜、桜葉は不眠に驚き、かつ悩んだ。まったく眠くならない。興奮や不安で眠れない、のではない。眠くならないのだ。この義体……ドラムというやつは、寝るという機能がそもそもないのではないか、というほどだった。
そうなると、夜が意外と長かった。明かりはぼんやりとしたランプ(のようなもの)だし、パソコンもスマホもテレビも本も無いのだから、暇で暇でしようがない。こっそり外を見学しようとしたが、しかし、ドアが頑として開かなかった。
「?」
しかも、見る限り鍵が無い。鍵が無いのにどうやって閉めているのか、皆目見当がつかない。向こうからつっかえ棒や閂をしているふうでもない。木のドアのくせにピタッと密着して閉まっており、押しても引いても一ミリとして動かない。まるで電気的に閉じているように思えた。窓までそうなのだ。
「わけわからん……」
嫌そうな顔をされようが明るくなったらクロタルに聞いてみようと思い、ひたすら窓から夜空を眺めて過ごした。
知ってる星座が一つも無かった。
やがて何時かも分からぬまま次第に明るくなり、もはや瞑想めいた無我の境地に近い感覚で動き出した街を見つめていると、ノックも無しにクロタルがいきなり入ってきた。
「食事の時間です」
ノックという習慣が無いのだろうか。それより、おはようございますという挨拶も無いのか。それとも、自分だから両方ないのか。
「おはようございます!」
あえて云ってみたが、何を云ってるのか理解不能といういつもの顔をされた。挨拶が無いらしい……。
(異世界だからな……きっと常識が通じないにちがいない)
そういうことにした。正直、納得いかなかったがそこはスルーして、
「鍵はどうやってかけたんですか?」
やはり、眉根がさらにひそまった。眼の色も、憐憫すら通り越して不気味なものを見るようなものに変わった。もう気にしないことにする。
「ま……魔法ですが、なにか」
「魔ほ……!!」
魔法キターーーーー!! 桜葉は引きつった笑みをうかべた。クロタルが踵を返し、早歩きで歩き出したのですかさずついてゆく。
「まっ、魔法って何の魔法ですか?」
「だから、鍵をかける……」
「クロタルさんて、魔法遣いだったんですか!!」
「ちがいます!」
すさまじい形相で睨みつけられ、興奮がたちまち醒めた。
「ちがう」
「これですよ……」
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