第1章 1-8 二度死ぬ

 ふと、そんなことを考えてしまった。ナイフとフォークに近い道具でそれらをガツガツと食べていると、


 「どうかね?」


 また同じことを聴かれる。じっさい想像していたよりずっと味が良かった。うまいと思った。


 「おいしいです」

 今度は、普通にそう答えた。またいっせいにメモ。

 「味覚や嗅覚は、正常に作動しているようですね」

 という小声が聞こえたので、まあそういうことなんだろう、と思った。


 「食欲はどうだい?」

 「食欲?」

 云われて、気がつく。けっこう食べたのに、満腹感が無い。

 「まだ入ります」


 リケジョが片手を上げる。どんどん料理が出てきた。肉団子や、異なる味の煮込み、さらには揚げ物も。飲み物は水と、味的に赤ワインのような果実酒。しかし、どれだけ食べても、次々に入る。食べても食べても入る。腹すらふくれぬ。桜葉は、さすがに自分でもおかしいと思い始めた。だが、空腹感も無いのだ。


 「ちょ、ちょっと待ってください」

 「どうした?」

 助手たちが、ある期待をこめた眼で桜葉を……新型ドラム「イフカ」を見つめた。


 「あ、あの……この身体って……」

 期待はずれだったようで、いっせいに視線を外す。一人が面倒くさそうに、


 「起動したばかりだから、食料が大量に必要なんだよ。空腹感や満腹感は、慣れると出てくるだろう。君の意識や認識が大切だ。いまは、まだ足りないんじゃないかな」


 「足りない」


 これだけ食ってまだ足りないのであれば、もしかしたらエンプティ寸前だったのでは。桜葉は背筋が冷えた。なんと云っても機能停止だ。空腹感が無いのなら、いきなりぶっ倒れて停止するかもしれない。


 (こりゃ、とっとと生前の感覚を取り戻さないと、な)

 それはそうと。


 「あの……食べなくて機能停止した場合、どうやって再起動するんですか? 皆さんでしてくれるんでしょ?」


 助手たちが、誰が答えようか迷っているかのように互いを見合う。桜葉は、嫌な予感がした。すこし間があって、


 「博士じゃないと、ちょっと分からないね」

 「じゃあ、博士に聞いてくださいよ!」

 思わず椅子から立って声を荒げた。無責任すぎないか。


 「設計が、開示されていないんだ。ぜんぶ博士の頭の中なんだ」

 「聞けばいいでしょ、聞けば!」


 「教えてくれないんだよ。スヴャトヴィト式零零参型は、いまのところスヴャトヴィト博士だけのものだ」


 「…………」

 大きく息をついて、再び座る。

 (だめだこりゃ)

 そこからは、やけ食いだった。



 結局、桜葉……いや、イフカという義体は桜葉の認識で十人分ほどの食事を平らげた。水や葡萄酒(のようなもの)も、何リットル飲んだか分からなかった。満腹感は無かったが、不思議な感覚でピタリと食べたいという欲求……すなわち食欲が無くなった。腹が膨れたという感触も無かった。腹をさすってもふつうだ。一瞬で消化? 分解? したのだろうか。


 助手たちが延々とメモを取って、なにやら意味不明なボソボソ会話をし、やっと、

 「部屋にもどっていいよ」

 と云い放ち、ずっと立って控えていたクロタルが立つように促した。

 「あの……すみません」


 桜葉の質問を想定していなかったのか、助手たちやクロタルがまた驚いたような、声をかけられて心外だというような顔をし、桜葉を困惑させる。


 「なにかね」

 「いやっ、あの……その……この身体って、毎食あれくらい食べないとダメなんですか」


 「いや……そんなことはないよ。さっきも云ったとおり、今回は立ち上げたばっかりだから、特に必要だったんじゃないかな。分からないけど、理論的にはそうだよ」


 「じゃ、どれくらいで通常なんです?」

 「計算上、あれの半分くらいかな」

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