第1章 1-7 スティーラ
「ク、クロタルさんは、ここにお住まいですか?」
「いいえ、私は通いです」
「この街にお住まい?」
「そうですね」
「どの辺にお住まいですか?」
「アナタに関係あるのですか?」
振り返りざま、凄い目つきでにらまれる。しまった。プライベート系を根掘り葉掘り聞かれると嫌なタイプか。
「す、すみません、この街やこの国? のことを知りたくて……」
「ああ……」
そういやこいつ、アタマがおかしくなったんだったわ、という心の声が聞こえてきそうだった。
「そもそも、アナタはこの街の出身ではありません。何週間か前に、来たばかりと聞いてます。コロージェン村から来たそうですよ。それも忘れてしまいましたか?」
「え、ええ……すみません」
それから無言で階段を下り、一階の食堂へ向かう。
「あの……」
人を寄せつけない緊張感を持つクロタルの背中へ、再びおずおずと声をかける。
無視された。完全に苦手なタイプだった。営業事務の早瀬さんを思い出す。大卒三年目の二四歳。いつも主任の桜葉を無視していた。
「すみません」
「なんですか」
なんて眼で自分を見るんだろう。桜葉はしかし、めげずに続ける。何の役にも立たぬ営業魂に、少しだけ火がついた。
「あ、あたしって、コレに移る前は、何て名前だったんですか?」
侮蔑に少しだけ憐みの色が浮かび、クロタルは視線を外すように前を向いた。
「スティーラ……とだけ、聴いてます」
(スティーラ……)
桜葉が、虚無の表情でこちらを向いて死んでいた少女の顔を思い浮かべる。名前くらいは知っておかないと失礼に感じたのだ。
やがて、廊下の途中で食堂についた。けっこう大きな建物だ。
食堂へ入ると、調理室も兼ねていた。使用人が使う食堂に思えた。そして、先ほどの部屋にいた博士の助手の内、三十路リケジョのほかに元の桜葉と同じような雰囲気のおっさんが三人、いた。
「ここで水を補給してください」
調理室の隅のタイル張りの土間へネットで見たことのあるポンプ式の井戸があって、レバーを上下すると地下から水が汲まれる仕組みだ。排水もしっかりしている。
「飲んでみてください」
「いまですか?」
「嚥下機能の検証も兼ねます。これからの食事もそうです」
なるほど、助手もいるしテストってことか。桜葉は納得し、渡された木のカップに水を注いで口へ含んでみた。うまく喉が動き、水を飲むことができる。胃というか、体の中に水分が落ちる感覚もあった。
「どうかね?」
おっさんの一人がバインダーに挟んだ書類とペンを片手に聞いてくる。正直、どうって云われても返答に困ったが、
「おいしいです」
などと答えてしまった。四人がいっせいにメモを取る。メモなんか一人とりゃあ充分じゃねえか、と思いつつ困惑していると、学校の座席めいた一人用の質素なテーブルと椅子が用意されており、座らされる。そして、豪勢でもないが貧相でもない料理が次々に出てきた。
いい匂いがした。主食は、どうもパン……に似た、小麦粉らしきものから造った焼きもののようだ。それから、豚でも牛でも羊でも鶏でもない、なんだか分からない肉を塩コショウに似た風味で焼いたもの、野菜と煮たもの、シチューのようなもの、ソーセージ? のような加工肉、とにかく肉が多い。ハーブと思われる香草も良い香りがする。しかし、乳製品が無かった。チーズが無い。匂いや味で、バターも無いのが分かった。何のオイルか分からないものが使われていたが、よい風味だった。魚はどうなのだろう。魚は食べないのかもしれない。
(こういう西洋風の世界だから、刺身は無いんだろうなあ)
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