第1章 1-6 乗竜する世界

 やはり訳が分からず、服をグチャグチャと引っ掻き回してとにかく分解する。ズボン、上着、シャツ、靴下、靴……は、部屋の隅に短ブーツに似た革の靴があった。何の革なのか分からないが。


 (この大きさだからブラジャーはまあいらないとして……あってもつけられないけど……パンツが無いのか……直接ズボンをはくのか?)


 排泄しないからなのか、この世界の女性は下着を穿かないのか。理解できなかった。

 (ううむ……さすがにノーパンは抵抗があるな)


 試しにまずズボンを穿いてみたが、ちょっと居心地が悪い。


 (まあいいや……あとで、いろいろと調べてみて、無かったら自分で仕立て屋に頼もう。それくらいはさせてもらえるだろ。パンツのゴムがあるのかないのかしらんけど、ヒモパンでもいいし)


 とりあえずあてがわれたものを着こんだ姿のままで、窓の外を観察しながら時間がすぎるのを待つ。だが、すぐに飽きてきた。それに……ようやく気がついた。スマホはあるわけがないとして、時計も無い。


 (砂時計もないんか)


 時間の経過が、まったく分からない。何もしない二時間が、こんなに長いとは。眠くもならない。いろいろと事故の前の状況を思い出して、妄想にふけるしかなかった。


 (たぶん、おれは死んだ……死んだからにいる。事故死だ。会社でやり残した仕事は……まあ誰かやるだろ。どうせ成績の悪い営業だし、クライアント情報の引継ぎも共有フォルダを見りゃ誰でもわかる。親は……諦めてもらうしかないよなあ。ヨメもマゴもいないし、兄貴が家や墓を継ぐんだろうから、どうでもいいや。気になるのは……)


 パソコンに入っているエロ動画くらいだった。

 (そんなもん、男ならだれでもあるやい。恥ずかしくも無いわ)


 それから……強いて云えば居合で使っていた刀が部屋に飾ってある。本当は鍵付のロッカーへしまわなくてはいけないのだが、面倒なので武道具屋で刀掛けを買って、時代劇のようにそこへ掛けて机の上へ置いていた。


 (それも、誰か居合の仲間が形見分けで処分してくれるだろ)

 あとは……と、思ったが、そのほか特に生前のことで思い悩むことは無かった。


 「ええと……」

 もう、考えることもなくなった。生前の自分の存在の薄っぺらさが身に染みる。

 「外に出ちゃおうかなあ」


 また窓の外を見る。三階ほどの部屋から下ばかり見ていたが、思い出して空を見た。あのナゾの生物がまた飛んでいるか気になったのだ。果たして、飛んでいた。しかも、今度は先ほどよりよく観察できた。


 翼があるが、羽毛だ。鳥である。しかし、四本脚が確認できたし、長く太い尻尾もある。ゲームのドラゴンそのものだった。顔つきは、下からではよく分からない。それでも羽毛が生えているように見えた。


 「羽毛恐竜に近いのな」

 それより、最も驚いたのは、そのドラゴンに人間が乗っていることだった。


 (へええ、乗馬ならぬ乗竜か……手綱もないのに、すげえな)

 まさか自分もその乗竜で苦労するとは、夢にも思わぬ。


 ずっと空を眺めていて、二頭ほどそんな白地に赤や灰色の竜を観ていると、ドアがいきなり開いたので驚いて振り返った。クロタルがぶっきらぼうに入ってきた。意外に、竜を見ていて時間が経過したようだ。


 「食事ですよ」

 思わず腹を押さえる。

 「あまり、おなかがすいてませんけども」


 「まだ、ドラムの感覚に慣れていないのでしょう。気をつけてください。空腹感の無いまま機能停止にならないように」


 「えっ」

 なんだそれ。いま、空恐ろしいことを口走った。

 「さ、こっちへ」


 案内されるまま部屋を出る。廊下は、中世の古城のようなイメージを勝手に想像していたが、もっと新しい様式だ。床は木板で壁は白漆喰だった。清潔感があってよく手入れされている。

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