第1章 1-5 新型ドラム
「本当に記憶や認知が混乱してるのね……いいです。そう、説明を受けていますので。いまので、よく分かりました」
「あ……はい。すみません。あの……いろいろと教えてください」
これはもしかしたら、雨降ってナントヤラか。桜葉が期待した通り、クロタルはぶっきらぼうながら色々と説明してくれた。
「かなり精巧にできていますでしょう? やはり、何もないと逆に不安だというので、そこまで精巧にできているのだそうです。でも安心してください。排泄はしないし、月の物も無いから。楽ですよ」
「はあ……」
「性行為はお薦めしません。後始末が面倒ですよ」
「はあ……」
「そもそも、行為による快楽があまり無いとのことで、意味がありません。当然、妊娠もしません」
「はあ……」
「食事の時間は二時間後です。これに着替えておいて。後で迎えに来ます。食事の後は、いろいろ施設の案内と、説明を」
「はあ……って、食事!?」
「なにか?」
「いま、排泄しないって……トイレしないのに、物を食べるんですか? この身体」
「だから……」
明らかに眉を歪めて苛ついた表情から、軽い嘆息と共に、
「食べたものは全て動力源として変換し、何も出しません。多少の廃棄物は、気化して呼吸で輩出します。水は、常時補給してください」
「水」
「潤滑液も兼ねますので」
「潤滑液」
「そちらの水差しをどうぞ。部屋を出たら調理室もありますので、井戸水が汲めますよ」
「井戸水」
「あと、その新型ドラムは試作型ですので、博士の説明書によりますとたいへん動力効率が悪いそうです。無食で耐えられるのは十三時間までです。それを超えて補給が無い場合、機能停止します」
「機能停止」
「他にご質問は?」
ありすぎて、訳が分からなかった。とりあえず、
「きっ、機能停止した後の再起動……っていうのかな? それは?」
「存じません。では、あとで」
バタン。容赦なく扉が閉まる。桜葉は胃が痛く……なったような気がした。じっさい、痛くなる胃があるのかどうか。
(食ったものをエネルギー変換するってんだから、なんでも変換炉みたいなのはあるんだろうけど……ネコ型ロボットかよ。そもそもエネルギー充填機が無いなんて、進んでるんだか遅れてるんだか……しかも、十三時間で飢え死にの可能性……どんだけ効率が悪いんだよ……)
ベッドから床へ足を投げ出し、肘を膝で支えて頭を抱える。髪もサラサラだが、マネキンのようか感触はなく、完全に地毛に思えた。
(だいたい、そもそも、このドラムってやつ、なんのためにあんな……人間の少女の精神を移植するんだ?)
それも聴いておけばよかった。しかも、家族へ金まで払って。いや、遺族か。
(そのうち、嫌でも分かるか……)
なんか急に達観してしまい、桜葉はベッドから降りるとクロタルの置いた机の上の衣服を手に取った。ふつう、こういうのは折りたたまれていると思うが、洗濯して乾かしたままだった。
(…………)
着方が分からない。クロタルやあの女性の助手、さらには街を行く人々のような大きなワンピースかと思ったが、違う。麻の服だが、ジーンズに近い厚手のズボンに、上着はシャツのようなものに上の下着もシャツっぽかった。それより下着のパンツとブラが無い。いや、あれは十九世紀も後半の産物か……いや、異次元世界だとすれば、地球の常識は通じない。あるかもしれない。いや、それでも、少なくともここにはない。
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