第1章 1-3 クロタル、ドラゴン、マジで異世界

 「クロタルです」


 女性が突っ立ったままぶっきらぼうにそう云った。名前だろうか。それとも職業名か。


 「じゃ、あとはよろしく」

 「かしこまりました」


 中年の助手がさっさと出て行ってしまい、世話係……クロタルが残った。なんだろうと、当面の情報はこの人物から得なくてはならない。何か話しかけようとしたが、クロタルは無視して同じように出て行ってしまった。


 「はあ……」


 ため息をついて、とにかく状況を整理する。整理するもなにも、とにかく、まず、現状を理解するしかないのだが。


 窓にはまってるのは、ガラスということでよさそうだった。コツコツと指で軽く叩いてみたが、歪み板ガラスか、かなりそれに近いものだ。そして窓の外はどう見ても西洋建築だ。18世紀の風景を残すヨーロッパのどこかの世界遺産のような街並みが続いている。正確には微妙にちがうように見えるので、西洋風建築というべきか。どこがどう違うかというと建築の専門家では無いので分からないが、どこか違う。強いて云えば、中世ヨーロッパをモデルにしたテーマパーク的な違和感がある。


 それはともかく、街そのものはまあまあの大きさと云えた。通りを行く人々も西洋人に近い。近いが、どこか東洋人の雰囲気も持っている。ハーフっぽいというか。馬車は無いようだが、人力車のように人が牽く荷車が行き交っているので車輪はあるらしい。衣服も、桜葉の知識や常識に近い。


 空を見ると普通に青いが、雲の合間に白い月が大小二つある。しかも、ちょうど巨大な獣が大きな翼をはためかせて何頭か飛んでいた。


 「……!!」


 桜葉、声も無い。間違ってもカラスではない。かなり低空だ。桜葉の頭が……もとい、知識が狂っていなければ、ゲームや映画に出てくる、いわゆるドラゴンに近い。もしくは、ドラゴンと鳥の合体生物か。


 呆れて、上空を屋根の向こうまでその生き物が飛んで行ってしまうのを凝視した。


 しかも、通りを行く人々が騒ぎもしていないところを見ると、分かってないのか、飛んでて当然なのか。


 (なにここ……異次元? いせ……い……異世界……ってやつ?)

 自分でそう思って、改めて驚愕した。

 (異世界!? ママママジで!?)

 茫然と、通りを往き来する人々を見やった。


 (マ……ジ……で……異世……界……か……こんなことって、ある……の……)


 あるのも何も、実際に自分がこうしてここに生きて……いるのかどうかは知らないが、現実として立って存在しているのだからどうしようもない。


 (いやまて……これは夢の可能性もある。おれは入院先で植物状態となって、長い夢を見ている……それが証拠に)


 自分の頬をつねる。

 「ホラ痛くない」

 自分で云って、ゾッとした。

 「え……」


 痛くあってほしかった。あわててもう一度頬をつねったり、顔を叩いたり、腕もつねってみた。痛くないというより、感覚がマヒしている感じだった。


 と、自分の視界に映る腕を見る。細い。女性の腕だ。ようく眼を近づける。

 毛穴が無い。つるっつるだった。

 「…………」


 鏡を探した。壁際に、鏡台と判断できる台へ乗った布をかぶった長方形を発見し、サッと布をとった。果たして鏡だった。かなりよく映る。銀鏡だ。桜葉の近世の知識に照らし合わせると、相当な高級品だろう。


 そして映っていた顔に、正直ビビる。別人だ。他人だ。女だ。しかし、けっこう愛らしい。

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