第1章 1-2 スヴャトヴィト式零零参型
「記憶及び認知障害を起こしている場合、意味不明の言動をとる可能性が高い。変なことを口走っても、かまわないで根気よく一つずつ教えてあげなさい。徐々に、元に戻るだろう。性格が変わっている可能性もあるし、妙な行動をとる可能性も。すべてが、未知だからね。ぜんぶ、逐一記録しておいて」
「博士」はそう云い残し、部屋を出て行った。
桜葉は、声を出そうと試みた。
「ア、ア、ア」
と息を出し、喉を震わせる。残った助手? たちが、いっせいにノートや手帳にメモを取ろうとする。驚きつつも、
「あの……おれって」
「おれ!?」
「私……」
「私……?」
「自分」
「自分?」
「あたしって」
メモが止まる。
(君の名……かよ)
嘆息する。それに日本語を話しているつもりで、自然にワケワカンナイ語が口から出ていた。内耳と外耳と脳の分離に戸惑った。
「あたしって……その……」
チラリと横の死体を見た。なんとなくわかったような気がした。恐ろしい想像だったが。
「だいじょうぶ。間違いなく、魂魄移植は成功しました。確立した技術だから、失敗は少ないと説明した通りです。でも、スヴャトヴィト博士によるまったく新しいタイプの新型ドラムの起動だったから、予想外の混乱に襲われているだけ。少し普通に生活してみて。そのうち、慣れるでしょう。そうしたら、混乱も納まってくると思われます」
メガネの若年増リケジョが少し口調を砕き、貫頭衣めいた布に穴を空けただけのような服を桜葉へかぶせた。いや……。
「あの……すみません……あたしって……その……名前……」
助手たちが一瞬、見合って、すかさず今の言動を一文字も残さず記録する。中年男性が少し前へ出て、
「スヴャトヴィト式零零参型ドラム『イフカ』だよ」
イフカ……? イェフカ……? よく聴きとれなかった。再び、少女の死体をチラ見。
(ぜったい……この子の名前じゃ……ねえな……)
桜葉は、容赦なく顔を歪めた。
貫頭衣を着たままベッドから降り、歩こうとすると少しふらついたが問題なく歩けた。
「さ、こっちへ」
案内され、部屋を出ようとする。チラリと、再び横で死んでいる名前も知らぬ少女を見返した。
「気になるかい?」
「え? ま、まあ……」
「何度も説明し、サインももらっている通り、あの体とはおさらばだ。心配しなくても、ご家族には契約通り魂魄提供料が支払われるよ」
「…………」
何も答えようがない。売られたのか、彼女自身の意志なのか。何もわからない。確かめようもない。ただ、彼女の家族に金が入るというのなら、きっとそれでよいのだろう。
(ごめん……)
桜葉は、理由もなく心の中で謝罪した。
案内されたのは、旅館の一室めいたワンルームだった。特に豪華でもなく、貧相でもない。窓があって、外は西洋風建築の並ぶ通りが見えた。
「しばらくここで身体を馴らして。世話係を紹介するから」
助手の男性が云うと同時に、部屋の入口より桜葉の世界で云うメイド服に近い、作業用の地味なゴシック様式のゆったりとした黒ワンピースを着た、気の強そうな顔つきに茶金髪の女性が入ってきた。特段の美人でもないが、桜葉には整ってきれいな顔に見えたので好感が持てた。しかし、どう見ても表情がやばい。不機嫌というより、桜葉を……いや、イフカを侮蔑しきっている。いや、名前も知らないあの死んだ少女か。
(もしかして、ドラムとやらに魂だか精神だかを移すのは、一般的にあんまり褒められた行為ではない……とか)
不安がよぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます