第1章 1-1 ドラムへの移植

 第一章


 1


 再び眼を開ける。

 とうぜん、病院だと思った。


 生きてるって素晴らしい。ふざけているわけではなく、本気でそう思った。


 「ドラムへの、魂魄移植確認」

 「成功です」

 「とうぜんだね」

 「おめでとうございます!」


 「喜ぶのは早い!! 移植した魂魄が、どこまでドラムと一体化できているかだよ」


 「起こしてみましょう」

 「き、気をつけて」

 「はい」


 最初、意味がどうこうではなく言語としてナニを云っているのかまっったく分からなかったが、脳が勝手に日本語へ変換した。英語でもない、中国語でもない……聞いたこともない、そもそも地球の言語とは思えない、宇宙空間を流れる放射線が探査アンテナへ当たったときの衝撃を音としてスピーカーから流したようなものを聴いている気分だった。聴覚と認識のズレが、船酔いのように気分を悪くした。


 「さ、起きて。身体を動かしてみて」


 視界の中に、日本人のような、白人のような、そのハーフのような、整っているがどこか違和感もある顔が入ってきた。桜葉は眼だけをきょろきょろと動かしたが、白衣を着ていないし、そもそもどう見ても病室じゃない。石造りの、古い西洋建築だ。明かりはランプのような機器がある。が、ランプの光ではない。ぼんやりとしてゆらめいているが、明らかに火ではない。電灯か? しかし、知っているどの電気機器の光でもなかった。


 「う……」


 両腕で支え、ゆっくりと身体を起こす。動く動く。ほっとした。生きてる。ガチで生きてる。それだけは、まずは安心だった。


 視界に、どう見ても女性の足と、小さめで薄茶色の乳首も生々しい膨らんだ胸、そして男性のナニが無い股間が入ってくるまでは。


 「…………」


 裸じゃん。そして、ベッドじゃないじゃん。点滴は? シーツは? それよりなんで女? おれ、女? あれっ、おれって女だったっけ? 木のテーブル? 石の部屋? なんだこれ。なんだここ。火葬場? やっぱりおれって死んだのかな?


 引きつって、思わず周囲を見やる。


 何人かの男女。桜葉は我ながらそんなものを確認する余裕が信じられなかったが、気になるものはしょうがない。衣服は十八世紀のドイツ南部風の民族衣装に近い。少し、異なるが、そんなようなものだ。少なくても病院ではない。


 そして、すぐ横に同じく木の台へ横たわる、ややぽっちゃり系で胸も大きな同じほどの背丈の全裸の赤茶髪に雀斑だらけの少女が、口も半開きの虚ろな表情でこちらを見ているのを認識した。


 (死……)


 息をしていない。間違いなく、少女は死んでいた。桜葉は、震えてきた。

 「魂魄の抜けた姿が恐ろしいかね?」


 ギョッとして、声のほうを見る。年のころは六十代ほどか。長めの銀髪を総髪から横と後ろを兜飾りのように形成し、不気味なまでに青い瞳でこちらを見つめる目は完全に虚無を映している。狂人だ。桜葉は本能でそう感じ、答えられなかった。この人物だけ、白衣に似た白木綿の上下の服を着ていた。


 「博士、聞こえていないのでは?」

 口調から助手と思われる中年の男性が、耳打ちする。

 「ううん……そうかなあ。そんなはずはないのだがね」


 「まだ、混乱しているのでしょう。もしかしたら新型ドラムへの移植に、計算外の障害が」


 女性の声もする。眼を向けると、いかにも理系女子然としたメガネの茶金の短髪が、薄い木板のバインダーへ挟んだ書類をもって桜葉を完全にモノを見る目で見ている。


 「その可能性は否定できないね。記憶障害を起こしている可能性もある」

 「少し、休ませますか……?」


 「そうだね。でも、観察は続けて。なにせ、一から十まで初めてのことだからね。実用化まで持ってゆくのが、仕事だよ」


 「わかりました」

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