第3話 星乱流(ehthethy)

 マコはシズイたちに見守られ、『アマツ』様の髪に絡まったデブリを取り除いていった。

 デブリ除去の際、『アマツ』様に傷をつけるのはご法度だ。腕部から取り出した櫛のようなパーツを使い、ゆっくりと金色の髪を梳いていく。


「おお、上手いな」


 彼女の手つきに、ヨーコは素直に称賛の声を上げる。ある程度ゴミを取り除き、マコは緊張しきった様子で『アマツ』様から離れていった。

 人類というものは、全員がアマツ教の信者だ。神にも等しい存在を傷つけかねない作業を行っているのだから、緊張をするのは当然だろう。


「初めてでそれならこれから無事にやっていけそうだな」


 ヨーコはマコの頭部をぽんぽんと叩く。

 そのまま離れていくマコたちをよそに、シズイは腕パーツを展開させ、マコが忘れていった仕上げの作業を行い始めた。

 残されたデブリの屑を再度梳いて取り除いた後、髪をつややかに保つためのジェルをつけて、ゆっくりと『アマツ』様の髪に走らせていく。緩やかにうねる髪は、元通りの艶やかさを取り戻していった。


「はぁ……」


 これから新入りをゆっくり育てていかなければならないと考えると頭が痛くなる。全く才能がないわけではないというのが救いだが、それでも面倒事であるのは変わりない。

 大きくため息をついたシズイの視界の隅にウィンドウが立ち上がり、マコの顔がアップで映し出された。


「シズイさーん! ちょっと来てください!」


 そんなに大声上げなくても通信なんだから聞こえるのに。顔をしかめながらも、シズイはマコたちのもとへと機体を走らせた。

 呼びかけに応じて近づいていくと、マコたちは左耳の上あたりで浮かんで、何かを観察しているようだった。


「何、私の判断が必要なことでもあるの」


 班長の指示を待たずに、先に宇宙へと出てしまったヨーコとミカに向かって、言外に嫌味を込めて言ってやる。


「ははは、まあこれ見てみろよ」


 指さされるまま、シズイは脚部の噴射口を動かしての前へと機体を近づかせた。


「これ何でしょうね……」


 そこにあったのは、ただのデブリではない、生きているようにも見える球体だった。球体はどくどくと脈打ち、まだ触れてもいないのに、シズイたちは確かにそれから熱のようなものを感じ取っていた。


「とりあえず回収して上に判断を仰ぎましょう。これは多分、私たちには埒外の案件よ」


 言いながらシズイは一旦球体から距離を取る。そして腕部から取り出した細かい作業用のアームを球体に向かって伸ばした。

 しかしその時、異変は起こった。


「きゃっ」


 まばゆい閃光が球体から発せられ、シズイたちは一瞬、視覚情報を遮断してしまった。操縦者の仕草に連動するそれを再起動したときには、そこにあったはずの球体はあとかたもなく姿を消してしまっていた。


「消えた……?」


 シズイたちはその場に呆然とつくした。何が起こったのか分からない。だがこのまま放置していい案件ではないはずだ。

 しかし、視界の端にポップアップしたアラートに、シズイは班員たちに声をかけた。


「とにかく中に戻るわよ。そろそろ星乱流ehthethyの影響が……」


 星乱流の重力を受けて、『アマツ』様の髪の毛が乱れていく。班員たちはその指示に従おうとしたが、その時響いた緊急アラートに全員が動きを止めた。

 優先度A。

 人命に関わる状況を知らせる信号。

 それが、星乱流の方角から発せられていた。

 一瞬間を置いた後、突然マコは星乱流の方へと飛び出していった。


「救難信号です! 行かないと!」

「馬鹿、死ぬ気!?」


 ウィンドウ越しにマコはシズイたちに叫ぶ。

 行ったところで何もできない。相手は星乱流だ。勝算なく突っ込んでいっても死体が一つ増えるだけ。シズイはマコを無視して、ヨーコとミカに退避命令を出そうとし――ふと気が付いた。


 マコは少将の娘だ。少将の娘を死なせたとあっては、今後の自分にもかかわってくるはず。

 シズイは顔をひきつらせながらぐるぐると打算を巡らせ、十秒ほど後に、こちらの動向を見守ってきていた残り二人の班員に声を張り上げた。


「……行くわよ、二人とも!」





 星乱流は予想以上に近くに迫っていた。シズイたちはブースターを最大駆動まで引き上げ、その嵐の中へと飛び込んでいく。


「救難信号なんてどうでもいい。マコだけは連れ帰るわよ」

「分かった」

「言われなくても!」


 嵐の中には無数の異なるベクトルの重力が絡み合っている。マコが進んだとすれば、救難信号が放たれた方角だろう。だが、この重力の中を正確にマコが進めたとは思えない。


「二人とも着いてきて」


 シズイはわざとブースターの出力を下げ、重力に身を任せた。ふらふらと揺れる視界をなんとか制御し、救難信号の方向へと体を向けようとする。

 ひときわ大きな惑星の破片を通り過ぎたとき、今まではつながらなかったマコへの通信窓が開いた。


「マコ!」

「班長!!」


 きらきらと目を輝かせてマコはこちらを見てきた。その能天気さに怒りを覚えながら、シズイは彼女へと近づいていった。しかし彼女はそんなシズイに背を向けて飛び立ち、とある小惑星の裏へと着地した。


「救難信号の方ですね!」


 モニターにニコニコと笑うマコの姿が映し出される。


「もう大丈夫! 助けに来ました!」


 何が大丈夫なものか。ふつふつと沸き出てくる怒りを飲み込み、シズイはそちらへと向かおうとする。しかしそんな彼女よりも早く、マコたちに襲い掛かる影があった。


「マコ、避けろ! 亡霊luxidだ!」


 ヨーコの声に振り返ったマコの目の前に迫っていたのは、ざっと『サクヤ』の五倍はある魚影、亡霊luxidだった。

 亡霊luxidは体をうねらせると、マコたちがしがみついている小惑星に向かって体当たりをしてきた。マコは小惑星から弾き飛ばされないよう必死で踏ん張り、回線越しに混乱の声を上げた。


「な、なな何ですかあれ!」

「説明はあとよ! ヨーコ、ミカ! そいつを引き寄せてて!」


 二人が指示通りに動いてくれたことを確認せず、シズイはマコが乗っている小惑星へと足をつけた。

 そこには右足を岩と岩の間に挟まれた『サクヤ』の姿があった。

 別方向の重力で引き合った、小惑星の間に挟まれたのか。瞬時に状況を把握したシズイは、腕から普段は使う機会のない美少女粒子fivria chok刀を引き抜いた。


「離れてて!」


 マコは一瞬戸惑った後、シズイの言葉に従った。残された『サクヤ』の操縦士は、モニター越しに刀を構えるシズイに怯えのこもった目を向けていた。


「な、なにするつもり」


 美少女粒子fivria chokは、体内美少女濃度がその濃さを表す強大な力を持った粒子だ。当然、その粒子をまとわせた刀の切れ味が悪いはずもなく。

 シズイが刀を構えると、何をされそうになっているのか操縦者は理解してしまったらしい。しかし、身をよじっても足は岩に挟まれている。


「やめて、やめてやめてやめてぇーーー!!」


 悲鳴を聞きながら、シズイは淡々とブースターを加速させ、彼女の足の膝あたりへと刃を振り下ろした。

 けたたましい悲鳴がモニター越しに真空に響き渡る。『サクヤ』は生体兵器だ。血を流す膝下を置き去りにして、シズイはマコに指示して彼女の肩を両側から持ち上げた。


 振り返ると、亡霊luxidはヨーコとミカを追い回しているようだった。シズイたちは最初、亡霊luxidに気づかれないように『アマツ』に向かって飛翔しようとしていたが、亡霊luxidはそんな三人にすぐに気づいてしまったらしい。

 亡霊luxidは方向を変え、シズイたちの前に立ちはだかってきた。


「ミカ、ヨーコ! 露払いお願い!」

「おう任せな! ……ミカ!」

「分かった」


 ミカは小型の機体で亡霊luxidに突っ込み、その進路が逸れないようにかく乱を始めた。

 そのすきにヨーコは背負っていた砲台を肩に展開させる。三〇〇ミリ美少女粒子砲だ。ヨーコの中で生成された美少女粒子が徐々に砲台へとたまっていき、十数秒後、装填は完了した。


「全員よけろよ!」


 その号令に従い、ミカは全力で上方へと逃げ去る。その後を追おうとしていた亡霊luxidへと、ヨーコは照準を合わせて引き金を引いた。

 無音と激しい光とともに、亡霊の横っ腹には大きな穴が開く。粒子のあおりがシズイたちにも届き、シズイはヨーコに声を荒げた。


「へったくそ!」

「うっせぇ!」


 だがこれで終わったわけではない。亡霊luxidは腹を貫かれた程度では死なないのだ。


「離脱! 全速離脱!」


 シズイの号令に従って、『サクヤ』たちは戦域から全力で離脱した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女を崇めよ(#美少女スペースオペラ) 黄鱗きいろ @cradleofdragon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ