第2話 接続(rgdrw)
マコを引き連れて聖域の奥――『サクヤ』のドックがある発着場へと足を踏み入れる。足音荒く歩いていくシズイの不機嫌そうな顔を見ると、行き交う美少女たちは皆怯えた様子で道を譲っていった。
「あの、なんでそんなに不機嫌なんですか?」
苛立ちの元はお前だ、と口にしてもよかったが、マコは小動物のように不安そうな表情でこちらを見上げてくる。シズイはぐっと言葉に詰まり、前方に視線を戻した。
「元からこんな顔なのよ」
「えっ」
マコは素っ頓狂な声を上げてから黙った。きっとシズイの背後では、目を丸くして口を半開きにしたマコがいるのだろう。彼女は数秒後、おずおずとシズイを覗き込んできた。
「それはなんというか、大変ですね」
「言葉のあやよ。真に受けないで」
眉間のしわがさらに深まる。このたった数分で彼女の無神経さはツネミに似たものがあるとシズイは察した。いや、もしかしたら彼女以上かもしれない。本当に面倒なことを押し付けられたものだ。
だだっ広いドックへと入ると、整備士たちも、搭乗者である巫女たちも、せわしなく動き回っていた。
「なんだか騒がしいですね……」
ドックの中央モニターへと目をやる。そこに映っているのは、第七班とは遠く離れた仰々しい装備を身にまとった『サクヤ』たちだった。
「第一班のお戻りよ。超遠方調査に出てた部隊ってやつ」
シズイの言葉にマコは目を輝かせる。それとは対照的に、シズイはますます不機嫌そうに目を細めた。
「さすが第一班は歓迎されるものね」
彼女はぎゅっとこぶしを握り締める。憧憬にも軽蔑にも見える眼差しを彼らに向けるシズイを、マコはきょとんとした顔で覗き込んできた。
「シズイ班長、どうかしたんですか?」
「……なんでもないわ」
感情を振り切るようにしてシズイは踵を返す。ドックの端にある第七班の発着スペースには二体の『サクヤ』が発進を待ち構えていた。
「きゃあ! 本物の『サクヤ』だあ!」
ほとんど跳ね上がるようにして、マコは機体に駆け寄っていく。ぴょこぴょことあらゆる角度から『サクヤ』を見回しているその様は、まるで服を着た小動物のようだ。
「我らアマツの民が、宇宙空間に出るために作られた肉体型パワードスーツ。時に不可思議な現象を調査し、時に未知の物体を採取する。それが、宙間作業外装『サクヤ』! ――ですよね、シズイさん!」
同意を求めてくるマコに視線すら向けず、シズイはツネミに声をかけた。
「この子の機体の整備、終わってる?」
「はいもちろんですとも」
ツネミは大きくうなずくと、手にしていたタブレットを操作して機体に向き直った。
「頭部は『十二式兜』。腰には『ベクトル四式反重力推進器』。胸部には『アマツ教洗礼済み白色防護帯』。脚部には『展開型七式加速器』――これは緊急用ですね。どれも新品ですよ」
「ふぅん、シンプルだけど初めてならそんなものね」
聞いたのは自分だというのにシズイは一瞬で興味を失い、自らの機体『カガチヒメ』へと歩いていってしまった。
「も、もしかしてっ、これが私の機体なんですかっ?」
「そうですよー。名前は『ヒルメ』っていいます。仲良くしてあげてくださいね」
背後の歓声を無視して、シズイは壁に設置されたウィンドウを操作する。任務内容はいつも通りのデブリ除去。ただし、任務上の注意が一つポップアップしていた。
「マコ」
「ひ、ひゃい!」
振り返って声をかけると、マコは大げさなぐらいに驚いて姿勢を正した。シズイはかぶっていた軍帽を脱いでかごに入れ、さっさと自分の機体へと歩いていってしまった。
「もうすぐ前方に
搭乗口前の足場で、備え付けられた鏡の前に立ちポニーテールを整える。マコもシズイにならって、タラップを昇ってきた。
「
シズイは一瞬渋い顔をしたが、すぐに真顔に戻って機体に向き直った。どうせ掃除係が直接関わることじゃないんだから、教えなくてもいいか。
同じくタラップを踏んで顔を出したツネミに、シズイは問いかけた。
「ヨーコとミカは?」
「先に行っちゃいましたよ。相変わらず自由ですねえ」
大きなため息が一つ出る。別に連携に期待はしていないし、するつもりもないけれど、さすがに班長の許可を取ってから出ていってほしい。下手打ったとき始末書を書くのはこちらなのだから。
自分が駆ることになる『ヒルメ』を前にして挙動不審になっているマコに、シズイは声を張り上げた。
「
「へっ、ええっ!? だって制服って、機体とのシンクロ率を上げて、
おどおどとしながらも早口で尋ねてくるマコを、シズイは冷たい目で見た後、ふいっと顔をそらした。
「そんなのただの誤差よ。私たちはただのお掃除係なんだから、別に気にしなくてもいいの」
何か言いたそうな視線を受けていることは分かっていた。だがシズイはそれにこたえることはせず、自分の機体である『カガチヒメ』を両手で触れた。
「乗り込み方と動かし方は教わってる?」
視線を向けずに尋ねると、マコはがちがちに緊張した声色で答えた。
「マっ、マニュアルでは」
「なら実践で慣れなさい。もたもたしてたら置いていくわよ」
「ひゃいっ!」
慌てて自分の機体へと駆けていったマコをよそに、シズイは手のひらにぐっと力を込めた。ほんのりと温かくなった肌に軽く爪を立て、起動式を口にする。
「
『サクヤ』の首の後ろが盛り上がり、操縦席が露わになる。シズイはその中に滑り込み、鳴れた手つきでハッチを閉じた。
操縦席は全身を覆う拘束具のような形をしていた。シズイがそこに腰掛けると、椅子は自然と彼女の体を覆っていく。
「私はあな
言葉に連動して、『サクヤ』に血が巡っていく。どくどくと脈打つ鼓動を確かめるように、シズイは次の言葉を口にした。
「
熱い血の勢いがシズイへと流れ込んでくる。彼女は大きく深呼吸をしてなんとかそれをやり過ごし、言った。
「
一気に重力が増したような感覚に襲われる。目の前に広がっているのは『カガチヒメ』が見ているドックの景色だ。シズイは右手を持ち上げ、数度握って確かめた。
視界の端に表示された数字は42パーセント。『サクヤ』を操縦できるぎりぎりの数値だ。
そう、セーラー服を着てこの数値なのだ。
シズイは唇をぐっと噛みしめ、苦いものを必死で飲み下してから、『カガチヒメ』を立ち上がらせた。
「へ、えぇっ、ひゃあ!」
オープン回線でそんな間の抜けた悲鳴が響き、シズイはそちらに目をやる。そこにはバランスを失って転倒しそうになっているマコの姿があった。
「ひゃあああ!」
足をもつれさせて倒れる寸前、シズイはマコの機体を片腕で受け止めた。マコはきょとんとしているようだったが、数秒後に正気に戻るときょろきょろと現状を把握しようとしはじめた。
「へ? あれ、痛くない?」
「……まったく」
シズイはマコを無理やり立ち上がらせ、彼女に背を向けて外に向かうハッチへと飛び立った。
「ありがとうございます……」
背後で殊勝な態度をしているであろうマコのことは、完全に無視した。
シズイたちが宇宙空間に出ると、うなじのあたりを清掃しはじめているヨーコとミカに合流できた。ヨーコはシズイを視界に入れると、ひょいと右手を上げてきた。
「お。来たかシズイ」
「遅い」
「あんたたちが先に行っちゃったんでしょ」
軽口を叩きあいながら合流すると、ヨーコは見慣れない機体の存在に気づいたようだった。
「ん? そいつはなんだ?」
「新入り。哀れにも、うちの班に配属だって」
「よ、よろしくおねがいしますっ!」
マコは深くお辞儀をしようとして、その勢いで浮遊しながら一回転してしまった。ばたばたと手を動かして姿勢を整えようとするマコの肩を、ヨーコは受け止めて軽くぽんぽんと叩いた。
「そっか! じゃああとで一緒にピザ食べて歓迎会しようぜ!」
思いのほかにフレンドリーな扱いに驚いたのだろう。モニター越しに見るマコはまるで飼い主を前にした子犬のようにヨーコにしがみついていた。そんな二人を前にして、シズイは肩をすくめた。
「お好きにどうぞ。私は食べられればなんでもいいから」
しかしそんなやりとりに待ったをかける人物がいた。
「分け前……」
悲しそうな顔をしてミカは通信に割り込んでくる。大食いの彼女には由々しき事態なのだろう。ヨーコはそんなミカの肩を抱いてこつんと頭同士をくっつけた。
「ミカ我慢してくれって。また今度たくさん食べような」
不満そうな表情でミカはうなずく。ヨーコはミカを解放すると、母艦の髪の毛に向かって宇宙空間を泳ぎだした。
「さ、じゃあ早速お仕事と参りますか!」
「はいはい。さっさと終わらせましょうね」
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