美少女を崇めよ(#美少女スペースオペラ)

黄鱗きいろ

1.美少女たちの邂逅

第1話 原初、世界には美少女があった。(oief,njt gia fivria torlund.)





原初、世界には美少oief,njt gia fivria torlund.女があった。





---『アマツ創世記』より





 暗い暗い宇宙を行く一人の<美少女>があった。

 少し前に傾いて進む彼女の目は、神々しささえ覚える表情の内に閉じられ、金色の長髪はまるで水中を泳いでいるかのようにゆるやかになびいている。

 そして、ところどころあらわになっている彼女の柔肌を、小さな人影が滑るようにしてかすめていった。


 遠目で見るのであれば、まるで妖精が彼女の身づくろいをしているようにも見えただろう。

 ただしそれは、彼女が生身の人間であればの話だ。

 薄い鎧のような衣服をまとった彼女は、美少女ではあるが人類ではない。その身のうちに人類が住まう、全長五十キロメートルを超える美少女型コロニー≪アマツ≫だ。


 当然、その表面をなぞっていく人影もまた人類ではない。人類が体内に乗り込む、美少女の形を取った宙間作業外装。その総称が【サクヤ】である。

 【サクヤ】に乗り込む少女は、自分の五倍はあるそれを自在に操って、目の前の障害物を取り払った。


 ああもう。こんな形ばかりの任務なんて終わらせて、さっさと中に入って、ジャンクなものをおなか一杯に食べたい。

 本日三つ目のスペースデブリを放り投げながら、少女シズイはそんなことを考えた。



探索dugfe


 狭苦しいコクピットの中で機体と視覚共有をして、美少女母艦を害するゴミを払い続ける。

 真っ赤な長髪を後ろになびかせた、くすんだその白鎧の【サクヤ】は『カガチヒメ』。母艦≪アマツ≫よりシズイに支給された中型の機体だ。


「規定時刻になりtura,tura,turaました」


 カガチヒメから創世語tune yurrmiで通知音が鳴り響く。シズイは大きくため息をついた。


「……やっと定刻、か」

 最後のデブリを宇宙空間に投げ捨てて、眼球の動きでポップアップした通信ウィンドウに尋ねる。


接続rgdrw。こちら『カガチヒメ』。各機、異変はありませんか? どうぞ」

「こちら『ヒヨリ』。ありません。どうぞ」


 最初に答えたのは、小型の黒髪の乙女『ヒヨリ』だった。乗組員であるミカの声が淡々とシズイの耳に響く。


「こちら『ホオズキ』。異常ないでーす。どーぞ」


 次に答えたのは、間延びした少女の声。彼女、ヨーコが操るのは比較的大型の美少女、体の各所にきらきらと輝く装飾をつけられた機体『ホオズキ』だ。

 シズイは形式だけのチェックを終え、作業用の操作アームを格納する創世語tune yurrmiを口にする。


「モードを変更tune-cve gyuiします」


 カガチヒメの兵装がわずかに浮かび上がる。


「汎用機構から通常beh junuff quh beh tregst航行へ」


 流れるような動きで、作業用のアームは兵装の隙間に入り込むようにして、格納されていった。

 かちりと何かがはまる音がして、カガチヒメのまとう兵装は、ごく限られたものだけを残して見えなくなる。

 シズイは腰と足のブースターを駆動させ、徐々に加速していった。ヨーコの機体は、そんなカガチヒメの顔を覗き込んでくる。


「なぁなぁ、帰ったらピザパピザパーティしない? ミカ預金崩してさ」


 シズイは第七班の談話室の棚に積まれた札束を思い、ヨーコのほうを見ないまま答えた。


「あなたにしては名案ね」


 ワイワイ騒ぐことにはそれほど魅力的なものを感じないが、ちょうど、あぶらぎってカロリーが高そうで味付けの濃い食事を求めていたところだ。

 シズイの返答にウィンドウの中のヨーコは満面の笑みになった。


「やりぃ! 聖域出て二ブロック先に新しい店ができたらしいんだけど、冒険してみようよ! 美味いか不味いか知らねえけど!」

「適当なのでいいわよ。ジャンクでおなかにたまるのなら」


 無表情で言うと、ヨーコは小さく声を上げて笑ったようだった。


「相変わらずシズイは悪食だな!」

「失敬な。好き嫌いがないと言いなさい」

「あはは悪い悪い」


 そんな彼女たちの横に、ミカの機体は追いついてきた。


「マルゲリータ」


 いつも通り単語しか発しないしゃべり方だったが、ヨーコたちにはすぐにその意味が理解できた。


「おう! 五枚ぐらいでいいか?」

「相変わらず食べるわね」


 ミカはウィンドウの中で、わずかに口角を上げた後、二人を追い越して昇降口へと向かっていった。

 母艦への入り口は、首筋に存在していた。ちょうど耳とうなじの中間地点にシズイたちは並び、美少女たちをコントロールすることができる創世語tune yurrmiを口にする。


「道よ開rluneけ」


 短くて小さなその言葉にこたえ、≪母艦≫の首筋には小さな穴が開いていく。少女たちはそこに滑り込み、ほんの数十秒後にはその穴は閉じていった。

 開かれた皮膚を通り過ぎると、ぽっかりと開いた空洞――数十体の【サクヤ】たちの格納庫へと出る。少女たちは班に割り当てられた区域に機体を滑り込ませていった。


「衣をおさめjiilute egibhusよ」


 言葉に連動し、それまでふわふわと浮かんでいた【サクヤ】たちの兵装が重力に従って降りていく。少女たちは発着所へと機体を寄せ、停止の言葉を唱えた。


「巫女を美少女と剥離tor fivr chi rtu jiitu fivriaします。駆動終了jiitune


 美少女の首の後ろから肉が盛り上がり、ほとんど生体部品で作られたコクピットが姿を現す。

 備え付けられていたタラップに足を乗せるころには、濡れていたセーラー服は一瞬で乾き、シズイたちは髪を手櫛で整えて床へと降りていった。


「あ。掃除人の皆さんお疲れ様です」


 下で待っていた整備士の少女、ツネミに迎えられる。

 掃除人。

 彼女の言葉は他意のないものではあったが、それを受けて周囲で調整をしていた巫女たちはシズイたちの顔をちらちらと腫物を扱うかのようにうかがってきた。


「あ?」


 どすのきいた声で、シズイは彼女たちを威嚇する。慌てて自分たちの作業に戻った巫女たちを見て、シズイは一人鼻を鳴らした。


「そうそう、シズイさん。大佐がお呼びでしたよ」


 低い位置からツネミに告げられ、立ち去ろうとしていたシズイは足を止める。


「フヨウ大佐が? 一体何の用?」


 関係ないと判断したヨーコとミカはさっさと歩いていってしまう。ツネミはかわいらしく小首をかしげた。


「さぁ? でも、必ず来るように、とは言ってました」


 心底嫌そうにシズイは顔をゆがめる。


「面倒事でも押し付けられなきゃいいけど」

「あはは、面倒事の塊みたいな人が何言ってるんですか」


 その言にシズイの機嫌はさらに急降下し、冷ややかな目でツネミをにらみつけ始めた。


「冗談ですって。怖い顔しないでくださいよ」


 もしこれが悪意によるものであれば怒鳴り散らしているところだが、ツネミの場合は完全に天然だ。怒りが削がれたシズイは彼女に背を向けると、かごに入れてあった自分の軍帽を乱暴にかぶった。


「行くわ。機体の掃除お願いね」

「はい、お任せあれ」




 数センチ裾を詰めた指定制服セーラー服をなびかせ、巫女の宿舎を後にする。目指すのは、聖域の片隅から軍部につながる、ガラス張りの通路だ。

 おしとやかに歩く巫女――聖域で働く少女たちは、大股で不機嫌そうに行くシズイに眉を顰める。

 それをいちいち気にするほどシズイは繊細ではなかったが、不機嫌な時にさらにいら立ちを募らせるほどには鈍感でもなかった。


 通路の入り口で通行証を呈示する。ガラス張りの通路からは、この船、アマツ第一階層の情景が一望できた。

 あの街に住んでいる美少女は適性があると判断されれば、軍に徴用され、聖域に隔離される。

 母船を動かす動力部であり、宇宙空間への調査用美少女サクヤを整備するための聖域には、女性しか存在しない。そうしなければ美少女が汚されてしまう、というのがこの街を動かす信仰だ。

 実際のところ、どうなのかは分からないが。

 通路を出て軍部の土を踏む。入り口を警備していた若い兵士が、シズイに仰々しく敬礼をしてきた。




「美少女を崇phirsh fivriaめよ」

「美少女を崇phirsh fivriaめよ」




 幼いころから体に刻み付けられた通りに、シズイは敬礼を返す。そんな自分にほとほと嫌気がさしていた。

 美少女を崇めよ。

 それがこの街を動かす『アマツ教』の最大にして最高の教義だ。かつて滅亡した星から我らを救い上げた、我らが母艦である≪アマツ様≫を主神に祀り、その使徒である機体、【サクヤ】を操る巫女もまた神聖視させる。

 自然と巫女を事実上の支配下に置く軍部への信仰も深まり、人民の結束は高まる。そんなよくできた政治構造の中に、シズイたち巫女は組み込まれていた。



 正門から堂々と進入し、目的の部屋へとまっすぐに歩き始める。

 軍本部の中に巫女がいることに動揺している兵士もいたようだったが、一睨みしてやればすぐに首を引っ込めてそっぽを向いた。なんとも情けないことだ。

 目的地は軍本部の三階最奥の部屋だった。シズイは乱暴に二回ノックをした後、声を張り上げた。


「シズイ・ジョウガサキです」

「入れ」


 重いハスキーボイスが響き、シズイは挨拶もなしに部屋へと入った。つかつかとローファーの踵を鳴らして彼女の机の前に立つ。


「来たか」


 シズイを呼び出した張本人であるフヨウ大佐は、書類に走らせていたペンを置き、シズイを睨みつけた。負けじとシズイも彼女を不機嫌そうに睨み返す。


「何の用ですか。私忙しいんですけど」

「ピザパーティの準備でか?」


 間髪入れずにフヨウに返され、シズイはぐっと言葉に詰まる。フヨウは肘をつきながら頭を押さえた。


「通信はすべて本部に転送されている。あまり下手なことは口走らないことだな」


 フヨウの指がとんとんと机をたたく。


「お前ならよくわかっていることだろう」


 脅しではないことは理解していた。だけどそれを素直に受け取るのもしゃくで、シズイはますます不機嫌な顔をフヨウへと向けることしかできなかった。


「……まあいい。本題に入ろう」


 入っていいぞ。とフヨウは奥の扉に声をかける。扉は勢いよく引き開けられ、隙間から小柄な少女が一人入ってきた。


「しっ、失礼します!」


 緊張しきった表情で敬礼をする彼女に、シズイは全く見覚えがなかった。


「マコ・ヨロズダです! よろしくお願いします!」

「ヨロズダ?」


 そのファミリーネームは聞いたことがある。たしか、軍の小将にそんな名前の人物がいたはずだ。


「大学では創世語tune yurrmiを専攻していました! 皆さんのお役に立てると思います!」


 なぜそんなアピールをされているのか分からず、シズイはフヨウにアイコンタクトをする。


「飛び級だそうだ」


 違う。知りたいのはそれじゃない。

 確かにこのマコという少女は、自分よりも二つ、三つ年下の、十四、五歳のように見えていたが、そこじゃない。

 混乱を極めるシズイにとどめを刺すかのように、フヨウは無慈悲に宣告した。


「今日付けでお前の班に配属になった」

「よろしくお願いします!」


 小動物のようにかわいらしい顔で、マコは敬礼をする。


「ちょっと待ってください。そんな突然……」


 シズイは動揺を隠しきれないまま、後ずさろうとした。しかし、フヨウはそれを許してはくれなかった。


「これは、決定事項だ」


 シズイはどんな表情をしていいのか分からずに百面相をした後、観念して肩を落とした。


「了解しました」





 聖域へとつながる聖なる通路をシズイとマコは歩いていく。しかめっ面をしているシズイに対し、マコは上機嫌そうににこにこと笑っていた。


「私、聖域に行くのって初めてなんですよ! 聖域にしかない資料や技術もあるのに、大学の研究って名目じゃ入れさせてもらえなくて! だけど今回、私に巫女の、しかもサクヤ搭乗者としての適性があるってわかって、ようやく中に入れてもらえるようになったんです! 楽しみだなあ! いいえ、別にただ研究がしたいだけじゃないんです! サクヤに乗って色々な調査に出かけて、この街の役に立てたらなって」

「調査なんて行けないわよ」


 テンションが上がりっぱなしのマコの言葉を、振り返ることもせずにシズイは切り捨てる。マコは一瞬固まった後、シズイに追いついて下から覗き込んできた。


「えっ、調査に行けないって、どうしてですか……?」

「なんだ知らなかったの」


 自分より下の位置にある彼女の顔を、シズイは視線だけで見下ろす。


「体面だけの部隊、蟲毒のるつぼ、問題児の吹き溜まり。第七班っていうのはそういう場所よ」


 マコの顔にさらに困惑が広がっていき、シズイはいっそ哀れにすら感じた。だが事実は事実だ。


「与えられるのはアマツ様の掃除ばかり。ろくな仕事ができるだなんて思わないほうがいいわ」


 だんだんとその意味が理解できてきたのか、マコはきゅっと両のこぶしを握り締めてうつむいた。


「なんで……。私は皆の役に立ちたいのに……」


 前途ある若者の夢を叩き潰すというのはいい気分ではない。特にその事実を彼女に隠していた周囲も、気づくことができなかった彼女自身も、シズイにとっては腹立たしかった。

 彼女がそんな扱いを受けている理由も大体予想がついている。いっそのことそれも教えてやろうと口を開きかけたその時、手首に巻いていたバンドからけたたましい音が鳴りだした。

 それの意味するところは一つ。


「早速、初仕事ね」


 シズイはマコに背を向けて、突き放すように大股で歩き始めた。


「行くわよ。せいぜい現実を知りなさい」

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