4月1日
蒼木 空
桜舞い散る公園で。
今日は4月1日。
世間ではエイプリルフールだが、俺にとってはただの365日中の1日に過ぎない。
今学校は春休み。
こんなに暖かくて雲ひとつない快晴の日にも両親は仕事だし、妹は部活だ。
暇な高校生の俺、
運動部も文化部もやる気になれない。
遊びで、体を動かしたいってのは分かる。
ただ、大会に出て1位に固執するのが俺的には嫌なんだ。
まあ、この話はこれくらいにして。
「ただなぁ、家にいるってのもなんか嫌だよなぁ。猫田さん」
「なう」
俺の隣でうずくまっていた猫田、俺の家で飼っている猫のことだ。
「ちょっと外、出てくるか」
写真が所狭しと並ぶ部屋で着替えながら、今日はどんな写真を撮ろうかと、指で写真のフレームを作り窓の外に照準を合わせる。
桜だ。
俺の指のフレームに収まり切らないピンク色の花びらは、今にも俺の家の窓を突き破って入り込んで来そうな程。
決まったな、と俺は薄手のカーディガンに袖を通して、自分のお気に入りの一眼レフを首から下げ、家を出た。
家の窓から見えていた桜は、家の前の小さな公園の隅に大地を割って生えている。
その桜は俺が生まれるずっと前から生えていて、毎年春になると莫大な量の花を咲かせていたらしい。
俺は公園にある腐り切ったベンチに腰掛けた。隣には眠っている人がいたが、無視してカメラを起動した。
「このベンチから撮るのがいいか、家方面から撮るか」
「どう考えてもこのベンチからでしょ。ってか無視しないでよ」
「わっ、起きてたのか」
「ひど」
うっすら目を開けながら立ち上がった女は、俺の小学校からの同級生、栞だ。
今こいつは寝起きだから普通なのかもしれないが、いつもの栞は能天気で天然で、バカだ。
ただ性格がこうでも、セミロングでちょっとした風でも揺れ動くさらさらした髪に、透き通った肌と紅を引いた餅のように柔らかそうな唇を持っている。
頭はダメだが、初見では美人のモテモテ女子だ。
最初会った時は俺も……
「な、何?」
「いやなんでも」
あれ、お前、いつもなら……
「そうだ、写真撮ってよ。小学校から一緒なのに、写真には一度も一緒に写ったことないじゃん。それってミステリーだよね」
「は?」
「ミステリー」
栞は手を腰に当て、えっへんと踏ん反り返った。
自慢げな顔でアホみたいなこと言われてもな。
「まあでも、悪くないかも」
確かに、小学校から同じで両親の仲が良くてよく遊んでいたというのに写真が無いってのもなあ。
「ミステリー?」
「ちげえよ写真」
「じゃ、お願い。二人でこの桜を背景にしようよ」
俺は頷き、ベンチにタイマーセットした一眼レフを置こうとしてみた。
しかし、どう写っているのかも分からないし、思うようにいかなかった。
「何手間取ってんのー」
「本来こういう使い方はしないから」
「そういえば、カメラ古いよねー。初めて会った時から持ってたじゃん」
「だな」
「なのに私と一緒の写真が一枚も無いって、もしかして私の事嫌い?」
「おう」
「ひっど!」
俺は身構えた。
またか。
「……殴んないのか」
「え?! あ、いや」
いつもなら殴られていた。と言っても、軽くだが。
「早く撮ろう?」
「……おう」
栞は何かあればいつも俺を殴ってきた。
他の人は殴らない。俺だけだ。
最初、小学校の時に何回もやられた時は流石に怒ったが、今ではもう慣れた。
「とりあえず、こんなもんだろ。ほら並ぶぞ」
俺たちは襲いかかってくる瞬間を切り取ったような桜の木の下に微妙な距離感でピンクのカーペットの上に立った。
「栞?」
「え?! あ、うん。並ぶ」
「遠いと横で切れるぞ」
「……うん」
「なんか丸くなった?」
「太ったって言いたいの?!」
「違う違う。角が取れたよなって」
言い終えた瞬間栞を見ると、顔が桜の花のように真っピンクに染まっていた。目が合うと、泳ぐ。
「風邪でも引いたのか?」
「違うよ! そ、その」
「ほら写真」
かしり、と腑抜けた音がした。
「あ、栞の顔がぶれてる」
「うそ」
「ほんと」
カメラのタイマーをかけた。
「もう少し近づいていい?」
「そうしないと入らないから」
俺の右腕に栞の左腕が当たる。
別にドキドキとか運命感じちゃったりはしない。
幼馴染になるとそんなものだ。
ただ、栞に至ってはそうもいかないようで、妙におどおどしい。
かしり。
「お、いい写真だ」
桜の木から溢れる花びらが俺たちを優しく包み込んでいる。
ただ、栞が笑っていない。
「栞、笑ってないな。なんかお前今日おかしいぞ、やっぱり風邪引い--」
「ねえ」
俺の声を遮った栞の小声は、妙に震えていた。
「私さ」
瞬間、栞の唇に桜の花びらが付いた。それ以上は言ってはいけない、と制しているようだった。
栞はそれを取った。
「ずっと、ずっと蓮を好きだった」
俺は焦りすら感じなかった。
だって今日はエイプリルフール。
毎年何かしら騙してくるが告白パターンは初めてだ。
俺はさりげなく腕時計を見る。
11時59分。後1分でネタバラシだ。
「本当に、好きなの」
12時。
「もう嘘は終わりだぞ」
「…………」
その時の栞の顔は初めて見た。
顔をピンクから真っ赤にして今にも泣き出しそうだ。
いつも能天気だった栞にしては有り得ないことだった。
「栞?」
「嘘じゃない!」
「えっ」
俺は栞を前にして久しぶりに胸が激しく拍動した。
「嘘じゃ……無いよ」
栞は首を傾げてその柔らかい唇を曲げて微笑んだ。
一瞬にしてどんどん胸が締め付けられる。
しかし、友達として言ったことなのか、恋人になってと言ったのか。
「どっちの意味なんだ」
「……え? もちろん、恋愛対象としてだよ。それくらい分かってよ……」
俺は何故か、今まで普通の友達と感じていた栞をまっすぐと見つめることが出来なくなっていた。
「もう一度言うからちゃんと聞いて」
「お、おう」
俺の頬が赤く、熱くなっているのを感じた。
カメラを持つ手に汗がにじむ。
ふと、栞が俺の目を直視してきた。
ただ俺は見つめ返すことが出来ず、俯いた。
「私は、蓮が、好きなの」
「そっ……」
さらりとした髪を置き去りにして、俺にふわりと近づいてきた桜の花びらのような栞。
冷たい両手を俺の頬に当て、その柔らかい唇を俺の唇に押し当てた。
「これで……信じてくれる?」
俺は手に持っていたカメラを落としてしまったが、その手で優しく栞を抱きしめた。
「……俺もだけど。それはずるいぞ」
栞は能天気な顔で微笑みながら、とっても優しく俺の脛を蹴った。
4月1日 蒼木 空 @aozorarara
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