苻堅（ふけん）が晋（しん）を圧迫していた頃には、

いくつもの民謡が流布していた。

ここでは三つを紹介しよう。

一つ目。

阿堅連牽三十年

後若欲敗時　當在江湖邊

　堅ちゃんくにを牽引して、三十年。

「敗北を知りたい……」とか言い出して、

　やがて江南にやってきたよ。

確かに苻堅が淝水（ひすい）で敗北したのは、

即位してから約三十年後のことでしたね。

（即位３５７、淝水３８３、２６年）

二つ目。

河水清複清　苻詔死新城

　黄河（こうが）の流れが清められ、

　苻サマは新城（しんじょう）で死ぬ。

苻堅が姚萇（ようちょう）に殺されたのが、

まさに新城（しんじょう）である。

……えっ。新平（しんぺい）の仏寺ですよ？

三つ目。

魚羊田鬥當滅秦

　魚羊田鬥がまさに秦を滅ぼすだろう。

「魚羊」は鮮の字に通じ、

「田鬥」は卑の字に通じる。

また苻堅が名乗っていた国号は秦。

つまり、鮮卑（せんぴ）が

苻堅を滅ぼすぞ、というのだ。

苻堅の配下たちは、苻堅に

服属してきた鮮卑を皆殺しにするべき、

と度々忠告していたが、

苻堅は聞き入れなかった。

そして淝水の戦いのあとには

慕容沖（ぼようちゅう）に攻め立てられ、

後秦に亡命せざるを得なくなり、

こうして身を、国を滅ぼしたのだ。

苻堅中，童謠曰：「阿堅連牽三十年，後若欲敗時，當在江湖邊。」後堅敗于淝水，在偽位凡三十年。苻堅中，謠語雲：「河水清複清，苻詔死新城。」堅為姚萇所殺，死於新城。苻堅中，歌雲：「魚羊田鬥當滅秦。」「魚羊」，鮮也；「田鬥」，卑也。堅自號秦，言滅之者鮮卑也。其群臣諫堅，令盡誅鮮卑，堅不從。及淮南敗還，為慕容沖所攻，亡奔姚萇，身死國滅。

苻堅中、童謠は曰く：「阿堅は連ね牽きたること三十年、後に若し敗せるを欲したる時、當に江湖の邊に在らん」と。後に堅は淝水にて敗し、偽位に在ること凡そ三十年なり。苻堅中、謠いたる語に雲えらく：「河水は清み複た清み、苻詔は新城にて死す」と。堅の姚萇に殺さる所と為るに、新城にて死す。苻堅中、歌に雲えらく：「魚羊田鬥、當に秦を滅さん」と。「魚羊」、鮮なり。「田鬥」、卑なり。堅の自ら秦を號せるに、之を滅ぼりたるは鮮卑と言いたるなり。其の群臣は堅を諫め、盡く鮮卑を誅せしめんと令せど、堅は從わず。淮南にて敗れ還りたるに及び、慕容沖に攻めらる所と為り、姚萇に亡奔し、身は死に國は滅す。

（宋書31-11_言語）