符瑞1  劉裕の立身   

宋書巻二十七 符瑞志 全2編



劉裕りゅうゆうが生まれた夜のことだ。

生まれたばかりの劉裕を、

まばゆい光が包んだという。

更に翌夕方、京口けいこう辺りに甘露が降った。

それを見た劉裕の父は、

これは「奇」なる「奴」、

つまりすげえやつだ! と言うことで、

奇奴と名付けた。


しかし劉裕を生んだ側から、母親は死亡。

親類の劉氏(劉懐粛りゅうかいしゅく懐慎かいしん兄弟の母)に

養われることになったので、

「寄」奴と改名した。



若き劉裕、誕生日に健康けんこうに出、

ひとしきりの酒盛りのあと、

京口に向かい、帰宅。

ただし、建康と京口は徒歩だと

それなりに離れている。

なので、途中で宿を取ることにした。


宿の女将が言う。


「はるばる旅路をお疲れ様。

 中に酒が用意してありますよ。

 どうぞ、お召し上がりなさい」


劉裕、部屋に入ると、徳利の側に陣取り、

何杯か飲んだあと、

ついには寝てしまった。


そこに、別の旅客がやってきた。


時の司徒しと、つまり東晋の

どセレブもセレブである、王謐おういつ

その、召使いだ。


女将は彼にいう。


「劉のダンナもいらっしゃってますよ。

 一緒にお召し上がりください」


お言葉に甘えて、と彼も入室。

と、


「!」


召使いどの、あわあわした感じで

部屋から出てくる。

その様子を訝しんだ女将、

召使いどのに歩み寄った。


すると、彼はいう。


「いや女将、あんた、

 何をあの部屋に放り込んだんだ?」


いや、劉のダンナですけど?

そう言い返したかったろう。

けど、そんなことを言われてしまえば、

女将としても室内を確認するしかない。


恐る恐る室内に入った女将、

けど、その目に映るのは、

劉裕が寝転んでる姿でしかない。


やがて劉裕、目が覚めると、起き上がる。


うん、なんと言うか。

劉裕が起き上がった、

以上の感想を持ちようがない。


なので女将、召使いどのに聞く。

すると召使いどのが答えた。


「お、俺が見たのは、

 なんだかウニョウニョした、

 五匹の蛇みたいなやつだ。


 劉裕殿なんか見えなかったぞ!」


あらあらはいはいそうですかー。

女将、そいつをどれだけ

真に受けただろうか。


けど召使いどのとしては、

どうしてもあれを見たことが忘れられない。


なので里帰りのあと、建康に参じてから、

ボスの王謐にそれを報告した。


そして、ここが王謐さん。できておる。


召使い殿に、そのことは

他言無用と重々に言いつけた。


おぉ、召使い殿が信頼されている。

京口で言いふらしてたかも、

なんて発想には至らなかったらしい。


ともあれ、このやり取りを経て、

劉裕と王謐に緊密なコネクションが

生まれた、とのことである。



劉裕、京口から北上、

下邳かひにまで向かったことがあった。

そして下邳で、一人の僧に出会った。


その僧は言う。


「間もなく江南の地は、

 ふたたび戦乱に巻き込まれましょう。

 そしてそれを平定するのは、

 間違いなく、あなたです」


劉裕は将軍でなどなく、

常に最前線で無数の傷を負いながら、

兵卒らを率いてきていた。


全身には無数の刀傷を負っており、

常日頃、古傷に苛まれてきていた。


僧は、懐からいくつかの塗り薬を取り出す。

その内の一つを劉裕に渡すと、言う。


「貴方様が負った刀傷、

 完瘉は難しいでしょう。


 そして、その苦しみは、

 この薬以外では、

 散らすことも難しいでしょう」


劉裕に薬を渡した直後、

その僧の姿が見えなくなった。


後に残された、劉裕。

よくわからないが、

この薬を塗れ、ということか。


その言葉を信じ、劉裕、

与えられた薬を、傷に塗った。

すると、たちまちのうちに痛みは霧消した。


僧から与えられた薬は、まだ残っている。

劉裕、その薬を大事にしまいこんだ。


後日の戦役にて受けた傷のうち、

いくつかは骨にまで達するレベルの

大怪我もしばしばあったが、

この薬を塗れば、

たちまちに痛みは消え去った。



劉裕、小さい頃から、

その視界に二匹の龍を見出していた。


劉裕が雑魚であった頃には

小さかったその龍も、

劉裕が栄達するに従い、

育ってゆくのだった。



あるとき、京口けいこうに住まう占い師の車藪しゃぶ

劉裕を占ったことがあった。


車藪は言う。


「あまり大きな声では言えませんが、

 貴方様は将来、貴顕となるでしょう。


 どうか、貴方様のさだめ、

 ゆめお忘れなさいますな」


時が移ろい、晋の安帝の御代。

車藪の言葉通り、劉裕は晋の内乱を収め、

ついには皇帝に至る道筋を

開拓するのだった。




宋武帝居在丹徒,始生之夜,有神光照室;其夕,甘露降於墓樹。皇考以高祖生有奇異,名為奇奴。皇妣既殂,養于舅氏,改為寄奴焉。少時誕節嗜酒,自京都還,息於逆旅。逆旅嫗曰:「室內有酒,自入取之。」帝入室,飲於盎側,醉臥地。時司徒王謐有門生居在丹徒,還家,亦至此逆旅。逆旅嫗曰:「劉郎在室內,可入共飲酒。」此門生入室,驚出謂嫗曰:「室內那得此異物?」嫗遽入之,見帝已覺矣。嫗密問:「向何所見?」門生曰:「見有一物,五采如蛟龍,非劉郎。」門生還以白謐,謐戒使勿言,而與結厚。帝嘗行至下邳,遇一沙門,沙門曰:「江表尋當喪亂,拯之必君也。」帝患手創積年,沙門出懷中黃散一裹與帝,曰:「此創難治,非此藥不能瘳也。」倏忽不見沙門所在。以散傅創即愈。餘散帝寶錄之,後征伐屢被傷,通中者數矣,以散傅之,無不立愈。自少至長,目中常見二龍在前,始尚小,及貴轉大。晉陵人車藪善相人,相帝曰:「君貴不可言,願無相忘。」晉安帝義熙初,帝始康晉亂,而興霸業焉。


宋の武帝の丹徒に居在せるに、始め生まれたるの夜、神光の室を照らしたる有り、其の夕、甘露は墓樹に降る。皇考は高祖の生まれたるを以て奇異有りとし、名を奇奴と為す。皇妣の既にして殂し、舅氏に養われたれば、改めて寄奴と為したる。少き時の誕節に酒を嗜み、京都より還り、逆旅にて息す。逆旅の嫗は曰く:「室內に酒有り、自ら入りて之を取るべし」と。帝は室に入り、盎が側にて飲み、醉いて地に臥す。時の司徒の王謐に丹徒に居在せる門生有り、家に還りたるに、亦た此の逆旅に至る。逆旅の嫗は曰く:「劉郎の室內に在りたれば、入りて共に飲酒すべし」と。此の門生の室に入りたるに、驚き出で嫗に謂いて曰く:「室內に那んぞ此の異なる物を得んか?」と。嫗は遽て之に入り、帝を見るに已にして覺めたり。嫗は密かに問うらく:「向かいたるに何を見たる所なりや?」と。門生は曰く:「一なる物の有りたるを見たり、五なる采は蛟龍の如し、劉郎に非ず」と。門生は還りて以て謐に白い、謐は言うこと勿からしめんと戒め、與に厚く結ぶ。帝は嘗て行きて下邳に至り、一なる沙門に遇いたれば、沙門は曰く:「江表は尋いで當に喪亂せんとす、之を拯くるは必ずや君なり」と。帝は手創を患いたること積年、沙門は懷中より黃散を出だし、一裹を帝に與え、曰く:「此の創は治り難し、此の藥に非ずんば瘳したる能わざるなり」と。倏忽として沙門が所在は見えず。以て散傅せば、創は即ち愈ゆ。餘りたる散を帝は寶として之を錄し、後の征伐にて屢が傷を被り、中に通ずる者も數しばなれど、散を以て之に傅らば、立だちに愈えざる無し。少きより長ぜるに至り、目中に常に二なる龍の前に在りたるを見、始め尚お小かりせど、貴なるに及び大なるに轉ず。晉陵人の車藪は善く人を相じたれば、帝を相じて曰く:「君の貴たらんとせるは言いたるべからず、願うらくは相忘るる無からんことを」と。晉の安帝の義熙の初、帝は始めて晉が亂を康め、而して霸業を興したり。

(宋書27-1_術解)

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