楽志2  懊憹歌     

懊憹歌おうのうか】についてである。


この曲は、しん孝武帝こうぶていが妾に殺され、

白痴の安帝あんていが立って間もなく、

市井でなんとなく歌われていた。


その歌詞にいう。


「草は生え攬結すべし

 女が兒は攬抱すべし」


地面から生えた草が寄り集まって、

女たちを抱くだろう、と言うのだ。


それから間もなくして桓玄かんげんが簒奪し、

更には劉裕りゅうゆうがクーデターを起こした。


建康けんこうから桓玄一派が掃討されるにあたり、

そこに付き従っていた妻子や妓女らは、

クーデター軍の褒賞として与えられた。


うーんミートゥー案件。


この褒賞にあずかった人は、

東は会稽かいけいエリアの人、

北は淮水わいすい泗水しすいエリアの人にまで及んだ。


劉裕は、史書にも

「草むらから立ち上がった」

と言われている。


かくて草ぐさは結びつき合い、

与えられた女たちを抱くに至った。

これによって【懊憹歌】は、

予言の歌として信じられた。


桓玄打倒は、劉宋にとっては

天命を得たという、何よりの証拠である。

故に【懊憹歌】は重く扱われた。


劉義符りゅうぎふはこの歌を国公認の歌として

新規に認定したし、

劉義隆りゅうぎりゅうも【懊憹歌】を称揚し、

【中朝曲】、つまり国を繁栄させた歌、

として取り扱った。




【懊憹歌】者,晉隆安初,民間譌謠之曲。其曲中有「草生可攬結,女兒可攬抱」之言。桓玄既篡居天位,義旗以三月二日掃定京都,玄之宮女及逆党之家子女伎妾,悉為軍賞。東及甌、越,北流淮、泗,皆人有所獲焉。時則草可結,事則女可抱,信矣。宋少帝更制新歌,太祖常謂之【中朝曲】。


【懊憹歌】は、晉の隆安の初、民間の譌謠の曲なり。其の曲中に「草は生え攬結すべし、女兒は攬抱すべし」の言を有す。桓玄の既にして篡じて天位に居し、義旗の三月二日を以て京都を掃定したるに、玄の宮女、及び逆党の家の子女や伎妾は、悉く軍賞と為る。東は甌、越に及び、北は淮、泗に流れたる、皆人は獲たる所有り。時にして則ち草は結びたるを可とし、事うるに則ち女は抱くを可とし、信ぜらる。宋少帝は更に新歌とし、太祖は常に之を【中朝曲】と謂う。

(宋書19-3_文学)




この条、厳密には楽志+五行志「詩妖しよう」です。詩妖とは、なんとなく市井に流布していたはやり歌が、実は後の世の趨勢を歌い上げていた、というもの。


まぁ、なんつーか。

ザ☆生存バイアスの極みです。


世の中にはたくさんのはやりうたが生まれます。そんな中には確率学的に、偶然後の世の展開に合致するものも生まれるでしょう。そして、これも当たり前の話ですが、「合致した詩は残るし、合致しない詩は破棄されます」。


つまり、この詩が歌われたのは事実でしょうが、それはあくまで「たくさん作られた曲たちのうち、宋的に都合が良かったもののみが保存された」とするべき。


だいたい小説サイトに籍を置いてりゃ、語りたい人間ってのが世の中にどんだけいるんだ、ってのをもっと変数の考慮に入れたくなるわけなんです。字がわかんなきゃ、とりあえず歌うでしょう。歌って、それが人気になりゃ広がる。広がったもんのうち、後世の情勢に合致すりゃ史書が保存してくれる。


あえてこう表現しますが、迷信は根絶できません。何故ならば人間は楽して安心を得たいからです。こいつが人間の傾向です。この傾向に合致しない素敵な方々もいらっしゃるでしょうが、ちょっと待ってくださいね、あなたのように優秀な理性を備えている方は、パレートの法則に従えば僅か二割です。残りの八割は、結局迷信に左右されるんです。


うん、わざと解像度を低くして話をしてるんだ。いろんな悪意を汲み取ってくれると嬉しいな☆


ともあれ、このもう少しあとに、「詩妖」についても紹介します。先んじて感想を申し上げると、「わぁい生存バイアス、あかり生存バイアスだぁい好き」です。

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