劉裕10 北面と任算   

劉牢之りゅうろうしが自殺した後、

甥の何無忌かむきが劉裕に相談した。


「俺はどうしたらいいと思う?」


劉裕りゅうゆうが答える。


「将軍が亡くなったからと言って、

 桓玄かんげんがお前を見逃すとも思えん。


 いったん、俺と共に京口けいこうに戻ろう。


 万が一、桓玄が臣下の領分を守って

 陛下に仕える、というのであれば、

 奴に仕えるのでも構わないだろう。


 そうでないならば、共に奴を討とう。


 まぁ、奴は表向きは

 取り繕ってこそいるが、

 どうせいつ簒奪しようかを

 考えていることだろう。


 その時には、俺やお前の力を

 必要としてくるだろうさ」


桓玄が従兄弟の桓脩かんしゅう

撫軍将軍ぶぐんしょうぐんとして丹徒たんとに配属させると、

劉裕は桓脩の中兵参軍ちゅうへいさんぐんとして

取り立てられた。

建武将軍けんぶしょうぐん下邳太守かひたいしゅの地位は

保たれたままだった。




牢之叛走自縊死。何無忌謂高祖曰:「我將何之?」高祖曰:「鎮北去必不免,卿可隨我還京口。桓玄必能守節北面,我當與卿事之;不然,與卿圖之。今方是玄矯情任算之日,必將用我輩也。」桓玄從兄脩以撫軍鎮丹徒,以高祖為中兵參軍,軍、郡如故。


牢之は叛ぜるも走げ自ら縊りて死す。何無忌は高祖に謂いて曰く:「我れ將た何こに之かんか?」と。高祖は曰く:「鎮北の去ませるも必ずや免ぜざらん、卿は我に隨いて京口に還ずべし。桓玄の必ずしも能く節を守りて北面さば、我れ當に卿と之に事えん。然らざらば、卿と之を圖らん。今、方に是れ玄は任算の日を矯情す、必ずや將に我ら輩を用いたるなり」と。桓玄は從兄の脩を撫軍なるを以て丹徒に鎮ぜしめ、高祖を以て中兵參軍と為し、軍、郡は故との如し。


(宋書1-10_識鑒)




「我輩」はワガハイと訳したくなるところだが、ここは先輩後輩的にとったほうが親分っぽくてよい。カッコイイは正義。

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