ピエロの夢は

シオリ

ピエロの夢は

ー伍ー

ぼんやりと目に映る、ハイライト、人、人、人。

「本日はお集まりいただきありがとうございます! さあ、ショーの始まり始まり! 瞬きの隙も与えません! どうぞお楽しみください!」


 歓声と拍手。まぶしいほどの光。人の多さに視界がゆらゆらと揺れる。

どいてよ、前で起きているショーが見えないじゃないか。かき分けてもかき分けても人がいて、いつしか僕の手は空をかいていた。

またこの先を見ることはできないのか…。意識が巻き戻され、舞台がどんどん遠ざかっていく。もう一度行ってみたいこの場所。小さい頃お父さんに手を引かれていったこの場所は、「サーカス」というらしい。



 カチャカチャという音が聞こえる。そうか、もうそんなに寝てしまったのか。寒さに毛布を手繰り寄せると、鏡の前に立ったエルマーが振り返った。

「マルク? 起こしてしまったか。済まない。」

そう静かに言って、またエルマーは鏡に向き直った。彼は真っ黒い髪をピンで束ね、白い粉を顔に塗り、真っ赤な筆で顔に模様を描いている。カチャカチャという化粧道具の音だけが響く。

 僕はあおむけに寝直した。薄暗い空間。埃っぽい布に覆われた僕の家。ここに住む仲間に聞いたところ、僕が来てもう五年も経っているらしい。毎日与えられたパンを食べ、仲間がくれた本を読み、遊んで、そして眠る。何も代わり映えのしない日々だった。しかし今日は違う。エルマーが準備をしている日はいつもと違うのだ。僕は次第に早まってきた鼓動に身を任せて、布団から飛び起きた。急いでパンを口に入れていると、外がガヤガヤとし始めた。

「おう、やっと起きたか坊主。そろそろお前のお待ちかねの時間が始まるぞ。エルマー、おれの顔にも書いてくれないか。」

 たくさんの短刀をぶらさげたカイが大きな声を上げこちらにやってきた。エルマーは小さく「うるさい」と言って、先ほどの筆でカイの顔に模様を描き始めた。エルマーとカイはとても綺麗な顔をしている。何も書かなくてそのままでも十分なのに。僕はいつもそう思うけど、一度カイに言ったら笑われてしまった。

 「はい、終わり。マルク、おいで。」

 駆け寄ると、エルマーは僕の頭をくしゃくしゃと撫でると、筆で頬に星を書いてくれた。

 「エルマーとおそろい」

というと、彼は悲しそうに笑った。

 叫ぶ人の声が大きくなり、拍手が沸き起こる。エルマーとカイが布を引いて、明るい光の漏れる方へ踏み出す。僕はこの時が大好きだ。彼らは僕のヒーローなんだ。



僕の家では月に一度、部屋の向こうから光が強く漏れることがある。普段そこは何もないだだっ広い空間なのに、その日はなぜか人が多く集まっている気配がするのだ。大人はあちらに行くことが許されているが、僕は禁止されている。エルマーとカイはあちらに行っては、汗だくになって帰ってくる。そしてしばらくぼうっと宙を見ているのだった。

「ねえねえ、なんで僕はあっちに行っちゃいけないの?」

 僕は明るい光の漏れる方を指さした。息を切らして木箱の上に座っていたエルマーは、少し考えて、ぼそぼそと喋った。

「あっちの世界はね…、危ないんだよ。反対側はいいところだろ? それと違って危険な生き物がたくさんいる。マルクが十五歳になったら、行かせてもらえるかもしれないね。」

「うー、あと二年も待つのかあ。エルマーがあっちに行っても危なくないの?」

 彼は口元に手を当て、ふっと笑う。

「僕は慣れているんだよ。この理不尽にね。」

リフジンという言葉の意味が分からなかったが、僕はふーん、とだけ答えた。



 たしかにエルマーの言う「反対側」は確かにいい世界だ。青い空があって、風が吹いてて、埃っぽい家の中とは大違い。それに…

「マルク! こっちですよ!」

 象に餌をあげていたレオが手を振っている。レオはモウジュウツカイというらしい。こうして象やライオン、猿などの世話をしている。僕はよく人になつく彼らが大好きだった。本を読むのに飽きると、よくここに出て遊んでいた。

 僕はレオにもらった餌をライオンにあげながら、昨日エルマーと話したことを思い出した。

「レオは向こう側の世界のこと、好き?」

 本を読んでいたレオは顔をあげた。

「向こう側…というのはマルクの行きたい所のことでしょうか? そうですね、私は好きではありません。こうして外にいるほうが、気持ちよくっていいでしょう?」

「そうなのかなあ。エルマーも同じこと言うんだよ。」

「彼はあそこが好きではないでしょうね。私以上に」

 僕が見える世界は限られている。家の中と、その周りの外の世界。しかしそれすらも狭められていて、ぐるりと大きな木柵で囲まれており、僕は出ちゃいけないって言われてる。大人たちは僕がいる場所以外を「危ないから」と言って行かせてはくれない。でも、本に出てくるもっと素敵な木のお家や、ここよりももっと大きい空が広がっているはずなんだ。どうしてもそこへ行ってみたい。そして何度も夢に出てくる…

「レオはサーカスって知ってる?」

「え?」

 いつも穏やかなレオが大きく目を見開いていて、なんだろう。

「僕、ここが好きだけど一回だけ昔行ったサーカスを見るのが夢なんだよ。いつかみんなで見に行けたらなーって。」

 レオは返事をせず、苦しそうに息を吐いた。やってしまった。もしかしたらレオはサーカスが苦手なのかもしれなかった。



 この家と、その周辺のテントにはたくさんの人が住んでいる。僕は全員と話すことはダンチョウさんに禁止されているのだけれど、仲良しのエルマーとカイ、レオとそれからビアンカがいれば十分。ビアンカは金色の髪と青い眼がとても綺麗でお姉さんみたいな人だけど、僕より背が低いから、お人形さんみたい。そのほかにもここにはいつも一緒にいる双子の兄弟や、オオカミに似たおじさんなんかも住んでいる。みんな優しいし、僕が勝手に瓶のミルクを飲んじゃったり、貰ったチョコレートをこっそり食べたりしても誰も怒らない。「準備」をするとき以外、エルマーは絵を描いてて、レオは難しそうな本を読んでいるし、カイはナイフを磨いたり、的にナイフを投げたりして遊んでいる。ビアンカは掃除や洗濯をしていて僕はすることがない。

 そんな僕に、カイはナイフを一本くれた。紫の宝石と線の細工が施されているナイフで切れ味はそんなに良くないらしいが、板を的にして投げる分には十分だそうだ。最初こそ新しい遊び道具に夢中になったが、二、三日で僕がナイフを握ることはなくなった。

 


ー肆ー

その日はよく晴れた日だった。ゆっくりと雲が流れていくのを見ながら、レオのライオンを外で撫でていると、柵の近くに見慣れない人がいるのが見えた。近くに行くと、どうやら柵に上りたいらしい。しかし、柵をつかもうとする手が何度も宙を掻くので、どうも見ていて危なっかしい。より近くに行くと、その子は僕のいるところより少し上を向いて、「誰かいるの」と言った。

「僕はここに住んでいるんだ。君、この柵上りたいんでしょ? 僕が引っ張るからおいでよ」

 その子は二三秒のちにうなずくと、僕の方に手を伸ばした。

「いいかい? せーので引っ張るから。いくよ、せーの!」

 引っ張り上げると同時に、その子はバランスを崩して僕の方になだれ込んだ。そして、二人で笑った。

「ありがとう、助かったよ。ぼくはティモ。君、ここで暮らしているの?」

 僕はティモにここでの暮らしのこと、仲間のこと、できる限りのことを話した。ティモはそれを面白そうに聞いてくれて、同じくらいの年の子と話したことのなかった僕はとても嬉しかった。そして、ティモも自分のことを話してくれた。どうやらティモは目が見えないらしい。しわの伸ばされたシャツに、梳かれた黒髪からは大切に育てられたことがよくわかる。しかし、彼はあまり家にいることが好きではないようだった。

「おとなたちはみんな忙しそうで、僕がいてもいなくても一緒なんだよ。」

 寂しい、とは彼は言わなかった。けれども胸を締め付ける何かがあって、僕はティモの手をとって走り出した。

「僕の仲間を紹介するよ! そんで、ティモもここで暮らしたらいいんだよ」

「で、でも、僕、目が」

「そんなの関係ない! みんないいひとだよ、早く行こう」

突然外から人を連れてきた僕に、ビアンカはすごく驚いたようだったけど、すぐにいつもの優しい顔に戻って、僕が食べたことないお菓子まで出してくれた。ティモが笑ってくれるのが僕は嬉しくなって、本を取り出し、互いに話をしあって、いつまでも遊んだ。


「どうするんだ。あんなどこの子かわからないのを連れてきて。事件になる前に早く返してきた方がいいんじゃないか。」

「あの子、家で居場所がないみたいなんだもの。それにほら、マルクも楽しそうじゃない。あの子にはあと二年しかないのよ。団長には私が言っておくわ。だからお願いカイ、いいでしょ?」

「ふん、勝手にしろよ。ただお前にも分かっているだろ? ここに置いておくということは…そういうことだ。」

 

 やっと新しい友達ができたんだ。僕の毎日が明るくなった。

けれども…ここから日常は崩れ始めた。僕が間違っていたんだろうか。でも、ただティモに笑ってほしかっただけなのに。


ー参ー

「エルマー、今日はいつにも増して綺麗にお化粧するんだね。」

 彼は鏡に向かってかれこれ一時間は座っている。僕とティモは早くいつものように顔に星を書いてもらいたくて、うずうずしていた。

「…今日は偉い人が見に来るんだって。団長が念入りに準備しろって言ってた。」

「偉い人が来るの?」

「うん。町に大きな屋敷を持ってる地主さんって言ったかな。」

 そう言って、エルマーは立ち上がると僕たちの頭をなでて顔に赤い星を書いた。

「ほら、おまたせ。三人おそろいだよ」

 そのときエルマーに向けて作ったティモの笑顔はちっとも笑えていなかった。エルマーが「向こう側」へ行ったあと、ティモは僕の袖を引いた。 

「ねえマルク。君が光の漏れる方に憧れているのは知ってるんだけど…、お願いがあるんだ。今から外に行こう。それで、ある人を探してほしいんだ。」

「ある人?」

「うん。きっとすぐに人が外に集まってくる。そこに馬の飾りのついたステッキを持っている人がいるか見てほしい。」

 僕は何年もこの家の奥から光が漏れる日を楽しみにしている。でも、ティモの真剣なまなざしに代えられるものはなかった。

「わかった。今すぐ行こう!」


 とはいっても、この日には家の外は出るな、と言われているもので、家の端から外を見ているしかなかった。ティモの言う通り、外には人がわらわらと集まり始めていた。大声で話をするもの、手をたたきながら笑うもの。騒がしい大人たちでいっぱいだった。

「どう? いた?」

 ティモは僕の袖をちょい、と引きながら尋ねる。

「いや…、確かに人はいっぱいいるけど、杖を持ったひとは見当たらないなあ。」

 徐々に集まり始めた「群衆」と言うのがぴったりな人々を眺めて思う。毎回これだけ多くの人が集まるんだ。きっと光の奥では素晴らしいことが起こっているのかもしれない。僕が本で見た、お菓子の家がそこにはあるのかもしれないし、ビアンカよりもっときれいな人(実際いるのかどうかは分からないが)が来ているのかもしれない。エルマーやカイは僕たちに内緒で見に行っているのだと思うと、本当に羨ましく感じた。

「やっぱりたくさん人が来てるんじゃ分かんないか。ごめんね、マルク。そろそろ戻ろうか。」

 申し訳なさそうに袖を引くティモを追って振り返ろうとしたその時。ひときわはっきりと、見えた。銀の馬の飾りがついたステッキが。それを持っている恰幅のよい男が。

「どうしたの?」

「いたよ。ステッキを持っている人が。……こっちをずっと見てる」


 ティモがいなくなったのはその日からだった。明かりが消え人もいなくなったころ、僕たちは並んで布団に入った。しかし、僕が目を覚ますころにはティモはいなくなっていた。エルマーやカイもビアンカも探し回ったが、何日経っても見つかることはなかった。

 みんなは「ティモは元の家に帰ったのだ」と言った。ティモがここにいて一年。一年だけだったけれど、僕には長すぎた。受け入れられないまま、退屈なまま、月日は過ぎて、僕は十五歳になった。

 


ー弐ー

 起きることも憂鬱で布団をかぶっていた。外で人が話す声が聞こえる。

「…だから団長、待ってください。彼にはまだ早いんです。」

「そうだ、的の役なんて誰でもできる。なにも今日じゃなくたっていいだろ。」

 足音と声はどんどん近づいてくる。エルマーとカイの声だ。ダンチョウ…? ダンチョウさんが来ているのか?

「いや、もう十分待っただろう。五年前も引き留めたのはお前たちじゃないか。それとも何か、買われたあの子を今さらほかの所に売りに出したいのか?」

 ひときわ低い声が響くのと同時にさっと布が開けられた。太陽の光に男の姿が照らし出される。

「おい起きろ。お前には今日の舞台に立ってもらうぞ。」

 隣に立っていたエルマーの息をのんだ顔が、今でも忘れられない。


 僕は寝ていたテントから、十分の一ほどの小さなテントに連れていかれた。着ていたボロボロの服を脱がされ、白くて上品なシャツを着せてもらった。髪を梳いてもらったのも初めてで、キラキラした靴を履かせてもらったのも初めてだった。そのあといつものテントに戻され、外が暗くなるころにエルマーに呼ばれた。

「マルク、おいで」

 エルマーは突然僕を抱きしめると、いつものように髪をなでた。

「今から君は、あの明るいところ、舞台へ行くんだよ。」

「え!? 僕も向こう側へ行っていいの?」

「…そうだよ。そのために顔に書いてあげるから座って」

 鏡の前に座らされると、エルマーは白い粉を僕の顔に塗り、紫色で模様を描いた。

 エルマーはいつも無口だけど、今日はもっと口数が少ない。鏡には首までしか映っておらず、表情も分からなかった。ずっと楽しみにしていたあっちの世界。でもエルマーもカイもちっとも嬉しそうな素振りを見せていない。それどころか、怒っているようにも見えた。だから手放しには喜べなかった。

「あっちに何があるの?」

 彼は答えない。

「エルマーは嬉しくないの?」

「嬉しくないよ。僕はあの場所が大嫌いだ。……ほらできた。カイ! 終わったよ」

 立ち上がったカイは、エルマーより怒っているみたいだった。いつもぶら下げているナイフを握りしめて、なんだか、誰かをこのまま刺してしまいそうだった。ここでやっと僕の頭には警鐘が鳴り始めた。

「マルク。今日の舞台ではな、俺の投げるナイフの的になってもらう。といっても、お前に当てるために投げるんじゃねえ。お前に当てないように投げるってパフォーマンスだ。俺が投げるの得意なのは知っているだろう? 大丈夫、絶対当てないからさ。」

「そうだ。マルクは何もしなくていい。カイを信じて立っているだけでいいからね?」

 二人は僕の肩をつかんで矢継ぎ早にそういうと、先に光の方へ行ってしまった。彼らの言ったことが上手く理解できない。気づけば後ろに髭を生やした小男がいて、僕の背を押した。

「早くしろよ。いいか、絶対声を上げるんじゃねえぞ。泣こうもんなら命がないと思え。」

 憧れていた世界へ押し出されるようにして踏み出した。

 一番初めに見たのは、想像したこともなかった数の目だった。みんな僕を見ている。ざわざわとしていた会場がしんと静まり、すぐにまたどっと沸いた。人々は思い思いの言葉を叫んでおり、僕は今起こっていることが分からなかった。褒められた言葉を掛けられていないのは僕にも分かった。突然、ひときわ大きい声が僕の耳に響いた。

「化け物!」

 急に他の声が聞こえなくなり、僕の頭には「化け物」という単語がぐるぐると回る。まだなんにもしていないのに。立っているだけなのに。

 そこからまた小男に腕を引かれ、木のボードに貼り付けにされた。前にはナイフを構えるカイがいた。僕はゆっくりと目を瞑り、すぐ近くに刺さる刃の気配をただ感じていた。


 ショーというものはすぐ終わり、エルマーはすぐに僕の顔の化粧を布で拭き取ろうとした。

「……僕は、化け物なの?」

 エルマーが小さく呻いた。

「ねえ、僕は人間じゃないの、ねえ」

「ううん、君は普通だよ。彼らは自分と違うものが怖いだけなんだ。マルク、君の耳は他の人と違うだろう? 僕の顔だって半分火傷でただれていて、ビアンカだって事故で足を失っている。それが彼らにとっては珍しいもので、同時にきっと…恐ろしいんだ。」

 確かに僕の耳は、絵本に出てきたエルフって人みたいに尖っていた。他の人とは違う。でもエルマーの顔は火傷があっても誰よりも繊細で美しいし、ビアンカは優しいお姉さんなのだ。耳がなんだ、足がなんだ。そんなの僕やエルマーの声がそれぞれ違って、レオやカイの身長がバラバラなのと同じじゃないか。

 言いたいことが次から次へと浮かぶが、何を言ってもエルマーは泣きそうな顔をするばかりで、それを見て僕はボロボロと泣いていた。それと同時に、僕はもう分かり始めていた。なぜ僕はこの家にいるのか。これから何をして生きていくのか。きっとこの家の正体は地獄だったのだ。

「エルマー…一体ここはなんなの?」

「ここには売られた人や拾われた人がたくさんいる。公のものよりは卑怯かもしれないが、でも人はここを「サーカス」と呼ぶんだ。」



ー壱ー

 その夜、客も帰り会場の明かりも消えたころ、外で誰の者とはつかぬ、魔物のような叫び声が上がった。地から響くようなその声に、サーカスの者全員が外へ飛び出した。泣き疲れて眠ってしまっていた僕は、近くにあったランタンを手に、遅れて家を出た。途端に強烈な鉄の匂いが鼻をついた。暗闇の中で揺れる草原が黒く塗れている。なに者かの血であることは明らかだった。でも、だれが、なぜ? ふと、こつんと足先に物が当たった。ランタンで地面を照らすと、それは拳程の大きさの……猿の頭であった。悲鳴の代わりに歯がカチカチと鳴り始めた。レオの飼っていた猿に違いなかった。僕が一緒に遊んでいた猿だ。

「レオ! エルマー!!」

 混乱に行きかう人々の中に、知っている限り人の名前を叫び続けた。泣きわめくもの、怒りに震えるもの、ただ茫然と立ちすくむもの、様々だった。

なぜ、なぜ僕はこんなところに立っている? なぜ、こんなことになった? 

 どう、と強い風が吹いて、ランタンの火が消えた。風の中に僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「マルク、無事か! よかった!」

「カイ! これは何が起こってるの!?」

 カイは僕を抱えると、元来た方を戻っていく。

「やられたんだよ、今日のショーに来てたお偉いさんに! 俺らになんの恨みがあるのか知らねえけど、レオの飼ってたやつらはみんないなくなっちまったよ。」

 カイのいいところは正直なところだ。しかしそれ以上に彼は気が動転しているようであった。



ー零ー

 次の日、僕は一通の手紙を受け取った。

 「普通」とは何なのか。「化け物」とは誰のことだろうか。レオの友達を殺した奴の方がよっぽど化け物だと思っていた。しかし、それももう分からない。

「普通」じゃないのは僕らか、彼らか。それとも、その純真さなのか。

 僕は紫の短剣を自らの胸に向かって振り下ろした。


マルクへ

 久しぶりだね。元気そうでなにより。差出人を見て驚いたんじゃないかい? 僕の言葉を執事に書いてもらっているんだ。きちんとその通りに伝わっていればいいけど。

 僕は昨日、君のずっと憧れていた「サーカス」をお父さんと見に行ったんだ。家に連れ戻されてからのお父さんは人が変わったみたいに優しくなってね。君と過ごした一年間のことをたくさん話したよ。それにしてもずるいじゃないか、君は「サーカス」を見に行くどころか出場までしていたなんて。何が起きているかを説明してくれていたお父さんの言葉を聞いた途端、すぐに君だとわかったよ。

 ここからが本題なんだけどね。君は仲間に騙されているんだ。エルマーやカイ、ビアンカも君に優しくして本当は陥れようとしている。お父さんが言ってた。「あそこのやつらは皆普通じゃない、頭のイカレたやつだ」って。君には申し訳ないけど、僕にはどうしようもできない。早く逃げた方がいい。お父さんは僕を危険にさらそうとしたサーカスの集団に罰を与えるんだっていってた。だから、君は巻き込まれる前に早く逃げるんだ。

                  君が無事であることを祈っているよ ティモ



 

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