異界
第1問:次のうち、食用の葉の名前をすべて選び、答えなさい。
サーモンリーフ
ボクジュ
リリーホワイト
サラシナ
ソイ
第2問:次のうち、所持に国家魔道士資格を必要とする薬草を全て選び、答えなさい。
トリニティブリッジ
ホーホー
コロクイス
スイートチリ
エケコ
ナイトシトミン
:
:
「(白紙で出ていくか、最低限解いてから出るか)」
羊皮紙書かれた問題に目を通しながら、
内心では、
「何点をとれば、黒寮の生徒らしいのか」
を考えていた。
最後まで、「分からない」問題はなかった。
どの問いにも心当たりがある。
しかし、黒寮の私が他の生徒より得点すえるわけにはいかない。
どうするのが正解なのか。
ひとまず、目の前の植物を裏紙に模写しながら時間を消費する。
第1問、第2問共に、平民も知っているレベルの一般教養だったが、貴族のボンボンどこまでのことを知っているのだろうか。
まさか、ということもある。
誰が何点取るかは予測がつかない。
結果だけ"視"ようにも、
いま魔法を使えば、
目の前の植物「パピプポポパーン」
が魔素振動を察知して破裂する。
「悪意」にも反応するこの植物は、
自分の“実“にとって、害だと見做すと自害する哀れな植物なのだ。
人間からしたら、単に植物の実が破裂したようにしか見えない。
彼らにとっては死に際を自分で決めるという大層なことをやってのけたというのに。
生憎私は、人外・人間問わず、ありとあらゆる生物と意思疎通できたとしても、無生物は対象外だ。
できるのは、無生物に残された痕跡を読み取ること。
「(手詰まりだな)」
――出よう。
試験が終わった者から退出していいとは、ありがたい。
せっかく白衣と手袋を身に着けたが、使うこともなかった。
「(やれやれ)」
引けば、ガタガタと鳴る丸椅子。
一瞬、周囲の人間が目線を上げたが、
私が黒寮ということもあって、
さして関心は引かなかった。
ただ一人、赤毛の双子のうち、女の子のほうが、私をジーッと見ていることに気づいたが、敵意は感じられなかった。
「あ、」
羽ペンとインク壺を仕舞ってから立てばよかったがもう遅い。
急いで片付け、解答用紙を教壇に置いた。
教室の端で椅子にゆったりと腰掛けていたヴァーノン・ゼン・キャンベルは、
片眉をあげると、
「ご苦労、帰っていいよ」
と言った。
一礼して、内扉を開け、
エントランスにあった長机に鞄を置くと、バンと音がした。
静かな空間では、音がよく響く。
そして白衣と手袋を戻し、
また鞄の持ち手を握った。
足の裏で扉の下の部分を押し、
手を使わずに扉を開けると、
吹き込んできた風が冷たく感じられた。
温室内の気温と、外気に差がある季節になったらしい。
腐葉土を踏みしめながら、図書館への道を歩く。
舗装された道の上を歩く気分ではなかった。
白昼堂々サボっているようで、違和感があるが、
ヴァーノン・ゼン・キャンベルから退出の許可は出ている。
しかし、どこか後ろめたいのか
道を外れて歩いた。
「(それにしても、魔素濃度が異常だな)」
結界を張って、領域内の魔素量を操っているのかもしれないが、
気分の悪いものではない。
寧ろ、
魔力孔が周囲の魔素を最大限に吸い上げ、
純度の高い魔素が全身を流れて抜けていく感覚が心地よい。
学園外で、同様の環境があるとすれば、私の故郷くらいで。
要は、学園は聖域と同等の大気内魔力濃度有しているのだ。
「(はて、)」
単純魔力量だけで言えば、
学園は軽く蒸し焼きにすることができるので、
アイギス様の仇を手っ取り早く取るなら、
今、指と指を合わせ、
パチンと鳴らせばいい。
学園内に限らずとも、魔素濃度の高いこの地でなら、国境一周をグルリと炎で取り囲むこともできるだろう。
意味が無いので、後者はやらないが。
しかし――、
「いや、それでいいか」
私がアイギス様から離れた空白の時間に、
何があったのか。
どうしても知りたかった。
知ってどうする、とは考えていない。
もしも、あのピンク頭が関わっていたら躊躇なく遠隔で呪い殺すだろう。
顔と名前さえ揃えば可能だ。
しかし、今私がしていることが唐突に面倒になった。
回りくどいことをせずに、問答無用で殺せばいいじゃないか。
「()」
手の中で小さな火の球を転がす。
後は、今握っている手の内側に、全ての魔素を流しこめばいい。
私自身にどのように跳ね返ってくるかは予想がつかないが。
脳裏に、学園敷地内を思い浮かべ
市街地に被害が及ばないように、
有効範囲を絞る。
ヴァーノン・ゼン・キャンベルのように、
錬金術を応用し、
黄リン等を用いることも一つのやり方ではあるが。
私は「分解」の要領で、酸素と水素の混合気体の体積比を2:1にし、
低級魔法の「マッチの灯」を発動することにした。
これならば、地属性の一種「地脈」を使いながら範囲を限定し、
結界術も維持することができる。
人体発火をしない魔素量となると、これが最善の策であった。
錬金術を取り入れた近代魔法と、神話の時代から受け継がれてきた古代魔法の組み合わせ。
さらに、華国の伝統魔法「地脈」を取り入れた。
最後は、一言、
全ての魔法の発動条件となっている言葉を発すればいい。
「炭と化せ」
術式に縛りが効いたことを確認し、
魔素全てを開放した。
「」
1秒、
2秒。
目を瞬くが、見える色彩は変わらない。
芝生の蒼、
石畳の黒灰、
日光の黄、
雲の白、
空の青、
中央棟茶、
葉の緑。
鐘の音が反響するように、
魔素が振動し、
私が流したエネルギー全てが得体のしれない圧力に飲み込まれ、無に還った。
そう。
王都と同じことが起こったのだ。
一瞬だけ、万物が重力から開放されたような感覚が襲う。
「」
今回は古代魔法に頼らず、最善を尽くした。
確実に術式は発動しており、
それでも、学園を焼き尽くすことは叶わなかった。
――この世にはまだ、私が知らない"理"があるようだ。
「逃げるか、」
大規模な魔素振動を引き起こしたのだ。
魔道士適性のある者は、魔素酔いで失神しているか、餌付いているか。
大規模な魔素振動に耐えられるとしたら、黒衣の魔道士だが、彼ら彼女らもすぐには動けまい。
追跡される前に、姿を消そう。
「神よ、」
私が契約している「神様」に呼びかけ、そちらの世界に行ってもいいか一応聞く。
現実世界で言うノックのような儀礼だ。
すると、いつも通り「おいで」と聞こえたので、
脳裏で扉を開ける動作をし、
一歩前に出た。
「いらっしゃい」
川を流れる水の音、
水が大量に流れ落ちる音、
澄んだ水の匂いと、植物特有の臭さ。
ひんやりとまとわりつく霊気。
踵の位置をずらせばジャリ、と音がする。
「」
覚えのある感覚に目を開けると、
私が一番最初に「神様」と合った渓谷にいた。
正確に言うと、
私が幼少期に迷い込んだ異界であり、
「神様」が作り出した異界だ。
「また逃げてきたのかい?」
「いや、」
「」
「まあ、そうかも」
岩の上に立つ襤褸を纏った老人は生きているのか死んでいるのか分からない程生気がない。
しかし、確実に視認することができる。
見た目としては骸骨同然なので、霊体とも言うべきだろうか。
黄土色のローブとヤドリギの杖、落ち窪んだ目に、白く長い髭。
浮浪者と評しても差し支えない老人は、
周囲に無数に転がる岩のうちの一つの上にバランスよく立ち、
私を見下ろしていた。
彼の顔を見ていると、ふとあることを思い立った。
「あ、ねえ」
「なんだい」
「『神様』は、私に何かしらの”縛り”かけた?」
もしかして、
私が王都や学園で殺傷能力のある魔法を使えないのは、この老人のせいなのではないかと。
魔素の循環、魔導陣に対する魔素の供給に問題はなかった。
発動条件も揃っていた。
というよりは、魔法自体は発動したのだ。
魔素振動を起こすほどの大規模な魔素爆発を、発動後に収束させる力があるとすればこの老人くらいしかいない。
または、この老人が、私に魔導士としての適性を与える代わりに、魔導の発動条件に何かしらの制約をかけた。
どちらにせよ、この老人、すなわち「神様」とよばれる存在が関わっている。
「なんかさ、王都と王立魔法学園で殺傷力のある魔法は使えなかったんだよね」
「」
「理由知ってる?」
「」
「答えられないってこと?」
「そうさな、わしからは答えられん。自分で辿り着く分にはかまわんが」
髭をさすりながら答える「神様」は、
遠くを見ていた。
「ねえ」
「…わかった。聞いてごめん」
「」
「」
「そう生き急ぐな」
「…」
「」
「じゃあ、戻るわ」
私がこの世に存在する理由を知っているくせに。
「生き急ぐな」「自分を大切にしろ」
と無責任なことを言う。
視線をこちらに戻したとき、
私を憐れむような眼をしていた気がした。
それとも、何かを伝えようとしていたのだろうか。
真意は定かではない
捜索が本格的に始まる前に戻らなくては、潜入生活は強制終了だ。
来た時と同じように、
何もない空間に扉を出現させ、虚空に片足を落とす。
二歩目を地面につけるときには、埃っぽい自室が待っていた。
少し空いた窓から風が入り、
レースカーテンを揺らしている。
差し込んだ光の筋が埃をまるで、ダイヤモンドダストのようにキラキラとさせている。
インクやら、茶葉やら、洗剤やら。
日頃使っている物の臭気が混じった空気。
外から来るとなお、自室の匂いを自覚しやすい。
それらすべてが揃うとやはり、
帰ってきた
という感覚がした。
また1からやり直しだ。
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