優、良、可、不可
「やあ、諸君。ご機嫌如何かなー!!」
――今から試験をするよー。
目の前、左右で顔を見合わせる同級生。
試験の用途が発表されていないためか、一部の学生は優雅に丸椅子に腰かけ、
「どうせ授業に出ておけば、進級できる」
と宣っている。
――もし、本当に出席だけで進級が決まるのならば、学園は馬鹿養成所になりかねん。
昨今の貴族はどうも頭の出来がよろしくない。
何か問題が起こると、すぐ裏街に依頼に来る。
「それ、自分で何とかできるでしょ」
「行動する前に、考えなよ」
といった事案をこちらに丸投げしてくるのだ。
一種の思考放棄。
確かに考えて、答えを出すよりも、
誰かに問題解決を丸投げしてしまった方が手っ取り早い。
しかし、それでは自身の脳は腐る一方だ。
どんなことにも代償は存在する。
安保は安保なりに、
保身したつもりでどこかで自分を殺しているのだ。
私自身、試験の存在は初めて聞いたが、さして問題はない。
この学園の卒業に必要な単位単元は、故郷では6歳までに修めるべき範疇。
指定教科書は一通り目を通したが、
植物の細胞の構造と働きから始まり、
植物の種別、
減数分裂や、組織培養と細胞融合といった
薬学には入りきらないところで、一年生の範囲は終了していた。
あまりにもレベルが低すぎる。
「キャンベル家の人間にしては、他人(ひと)に興味を持っている」
―これが、彼に対する第一印象だ。
専門分野以外に興味を持たない、
人間としては失格な人間が生まれる傾向にあるキャンベル家において、
「一般常識」は存在しない。
私によく、
禁書の輸入や、
華国の禁止薬物の採取を頼んでくるのも、
大抵はキャンベル家だ。
ヴァーノン・ゼン・キャンベルは今も、騒がしい教室を見渡しながら、
蔑むような眼をしている。
そして、彼が口を開くのが見えた。
「人が多いと思わないかい?」
「」
「」
「うんうん、みんなもそう思うよね」
大げさに頷いてみせる教授に、誰も口を挟めず。
何人かは、口角と顎が挙がっていただろうか。
同時に足も組み替えていた。
何が起きても自分は大丈夫、という自信があるのだろう。
とりあえず、私も様子を見る。
「で、皆さんには組み分け試験を受けてもらいまっす!!」
「」
「」
「ルールは簡単。
毎月試験を実施、
んで「優」「良」「可」「不可」に振り分けて、
「優」は僕と授業、
「良」は温室への入室権利はあげる。
「可」の人には資料だけ。
「不可」の人は欠席扱い。
つまり、ずっと「不可」のままだと進級できないからそのつもりで
……あぁ、そうだ。
「良」「可」の人も「不可」と同等だから。
何とか、毎月の試験で這い上がってきてね?
僕は、馬鹿で無知な状態を肯定する人間は嫌いなんだ」
人ではなく、ゴミを見るような目で生徒を見下ろす教授。
「何ですの、失礼な」
「お前らは頑張れよ?俺は、お父様が寄付金で何とかしてくれ『ねえ、君』」
侮辱されておとなしくしていられるほど、精神力があるわけでもなく。
温室に不協和音が響いた。
湿度の相まって、中々に不快な空間だ。
しかし、雑音の中にあっても教授は不穏な発言を聞き分け、
いつの間にか教壇から移動し、私の斜め前の席に座っていた男子学生の肩に手を添えていた。
「縮地術式か、」
移動魔法陣錬成ともなると大技が過ぎる。
身体強化魔法の場合は、力の制御を誤ると、温室の植物をなぎ倒してしまう可能性がある。
ということは、縮地術式が妥当だろう。
魔法陣無しでの魔導発動。
まず、これができるのはハイレガード王国に10人もいない。
のっけから大物を引き当ててしまったようだ。
「(黒衣の魔導士探しは、早々に終了した可能性があるな)」
だからといって、仕事が減ったわけではない。
寧ろ増えた。
事前情報では、今年定年退職するはずだった老教授が担当のはずだった。
急な変更にはたいてい裏がある。
このことも調べなければならないし、ヴァーノン・ゼン・キャンベルの魔法属性も未だ謎だ。
魔法薬学の薬草学専攻ということは、「木」属性とみていたが、
魔法陣無しで魔導を発動できるとなると、複数属性持ちと考えた方が妥当だろう。
「(はぁ)」
私は貴族の子女という役回りなので、粗野な所作はできない。
肘をついて、頭を抱え、大きくため息をつきたいところではあるが、
視線と意識を一瞬遠くに飛ばすことで耐えた。
「ねえ、君」
「はい」
「名前は?」
「ヘンリー・パッドです」
「へー、そ」
「」
「ヘンリー・パッド君が言った『お金で単位は買える』ってやつ、あれ嫌いなんだよね。僕」
「そ、っそんなことは」
「じゃあさ、契約魔法をかわそうか」
「」
「嘘をついていたら、舌を切りますって」
「」
「本当に言っていないなら、こんな契約結んだってどうってことないよね?」
「」
「ほーら、早く!」
せかすように手を二回叩くヴァーノン・ゼン・キャンベル。
身長は教室の鴨井ほどだろうか。
ひょろりと細く、縦に長い体からは圧を感じないが、
眼に光が宿っていない。
時として、人を殺すことを生業とすることがある私の同業者は言わずもがな、
科学者のように、
実験で動植物を殺す人間もまた、
善悪の天秤が壊れやすいのだ。
ヴァーノン・ゼン・キャンベルもまた、その一人だろう。
「」
「あ、そうだ。僕、時間の無駄も、嘘つきも嫌い。
――そういう輩は、燃やすよ?」
やはり。
キャンベル家の人間は狂っていた。
「っ……すみませんでした」
「この授業では、完全能力主義だから」
「はい」
「はー萎えた。
……みんなも分かったか―い」
「」
「」
男子学生の名前は忘れたが、
彼の目の前には既に水中保存された黄リンと思しき発光物と、
魔素が充填された魔法陣が突きつけられていた。
袖元に隠し持っていたのだろうか。
取り出す瞬間が見えなかった。
魔法陣もすぐに消されてしまったが故に、特定に至らず。
惜しいことをした。
「うんうん、それはよかった。じゃあ始めようか」
誰も是も否も発していないが、彼には生徒が肯定してように聞こえているのだろう。
都合のいい耳をお持ちのようだ。
飛ばしていた意識を手元に戻すと、突如目の前に筒状に巻かれた羊皮紙が転がった。
「出していいのは、羽ペンと、インク壷だけ。
他人の回答写したら、即死刑…いや、『不可』ね」
試験の注意事項を言いながら、各テーブルを周り、中央に謎の鉢植えを置いていった。
根は土の中。
土俵に出ているのは、糸のような細さの枝に連なる球状の実。
見た目からして、実の水分量は多そうだ。
鉢から漏れた実がぷらーんと宙に浮いていた。
よくよく見ていると、ある植物つの名前が思い浮かび、ヴァーノン・ゼン・キャンベルの意図が見えた。
「(いやしかし、この植物、邪気を持った生物が近づくと、破裂して液体を分泌するはずなんだけど)」
もしも私の目の前の生徒が、カンニングや、試験妨害を試みた場合、
もれなく私も分泌液を被ることになる。
それだけは、ぜったいに嫌だ。
毒性は皆無のはずだが、臭気が酷かったはずだ。
「(おい、お前)」
「(何か見てくるんだけど)」
「(くれぐれも、不正行為を働こうなんて思うなよ)」
「(何だこいつ、確か黒寮の)」
髪はキャラメル色で、妙に色白く、中肉中背。
典型的な下位貴族の子息といった風貌の生徒に、視線で訴える。
相手は困惑した表情を浮かべているが、それもそうだろう。
最初から意図が伝わるとは思っていない。
しかし、この生徒は下手なことはしないだろう。
頭の中に、ズルをするといった発想が無かった。
ひとまず安心し、羽ペンをインク壷の中に浸すと、
「試験開始」の声が聞こえた。
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